川中島の戦の元になった北信の武将
村上義清むらかみ よしきよ
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誕生 1503年(文亀3年)
生誕地 信濃
村上顕国
斯波義寛の娘
幼名 武王丸
元服名  
 
官名 左衛門尉、信濃守、周防守、左馬頭など
近親など 正室:小笠原長棟の娘
ゆかりの地  信濃国 葛尾城
 信濃国 戸石城
 越後国 根知城
略歴 ●信濃
1503年 (1歳)
信濃国北部(佐久郡、埴科郡、小県郡、水内郡、高井郡)を支配下に置く、葛尾城主、村上顕国の子として生まれる。

????年 (??歳)
家督を相続。

●信玄の侵攻
1546年 (44歳)
甲斐国武田晴信(信玄)が、信濃国佐久郡に侵攻、大井貞清の内山城が攻略される。

1547年 (45歳)
笠原清繁の志賀城が武田晴信(信玄)に攻略され、佐久郡が平定される。

●信玄に勝利
1548年 (46歳)
小縣郡に侵攻してきた武田晴信(信玄)を、上田原の戦で破る。

勢いにのって武田家の支配下である諏訪郡へ侵攻するが、武田晴信(信玄)に退けられる。

1550年 (48歳)
武田晴信(信玄)、守護で林城主の小笠原長時を攻め筑摩郡から追う。

武田晴信(信玄)に支城の戸石城を攻められるが大勝。(戸石崩れ

1551年 (49歳)
武田晴信(信玄)の家臣、真田幸隆の謀略にかかり、再び戸石城を奪われる。

1553年 (51歳)
家臣団が相次いで武田家に寝返り、弱体化。

●越後
武田晴信(信玄)の猛攻を受け、居城、葛尾城を捨て、同様に信玄に追われた守護、小笠原長時らとともに越後国長尾景虎(上杉謙信)の元に逃れる。

これが元で、第一次川中島の戦が起こる。

1561年 (59歳)
第四次川中島の戦で、武田信繁(信玄の弟)を討つ。

1565年 (63歳)
越後国根知城主に。

1573年 (71歳)
死没。
死没 1573年(元亀4年)1月 (享年71歳)
レクイエム 武田晴信(信玄)に2度までも勝利したが、最終的には謀略中心の戦術で切り崩されてしまった。

甲斐国信濃国越後国の間にいた村上家がいなくなったため、国境をめぐる信玄と謙信の対立が激化、川中島の戦の元となった。