信長に京都所司代を任された長老官吏
村井貞勝むらい さだかつ
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誕生 1520年(永正17年)?
生誕地 近江国
 
 
幼名  
村井吉兵衛貞勝、春長軒
官名 民部丞、民部少輔、長門守など
近親など 子:村井貞成、村井清次など
ゆかりの地  山城国 二条新御所(現在の二条城とは別)
略歴 ●信長への随身
1520年頃 (1歳)
近江国で誕生。(出自は不詳)

のち、織田信長に仕える。

●京都
1568年 (49歳)
織田信長の上洛に随行。 (信長の上洛戦

信長が京都を去る際、その行政手腕を買われ、明智光秀らとともに京都に残り、諸政務、禁裏との交渉などを行う。

1569年 (50歳)
本國寺の変後、二条御所(将軍足利義昭の御座所)建築の奉行を、島田秀順とともにつとめる。

1570年 (51歳)
禁裏修復の奉行を、朝山日乗とともにつとめる。

1573年 (54歳)
織田信長が、敵対した将軍足利義昭を槙島城に攻め追放。(槙島の戦)

●所司代
その後、京都所司代に任命される。

1575年 (56歳)
明智光秀が丹波攻めを命じられたことから、京都における政務を一手でこなすようになる。

1576年 (57歳)
信長の京都での御座所、二条新邸建築を行う。

二条御所の取り壊しを行う。

1580年 (61歳)
二条新邸が誠仁親王に献上されたことから、信長の御座所とするべく本能寺の修復を行う。

●本能寺の変
1582年 (63歳)
明智光秀の謀反(本能寺の変)の際、妙覚寺にいた織田信忠とともに二条御所に入って抵抗するが、長男の村井貞成と二男の村井清次とともに討ち死に。
死没 1582年6月2日(天正10年6月21日) (享年63歳)
レクイエム 尾張時代から信長に使え、京都における重要な政務をことどとく任された長老官吏である。