最大の安宅船を造船した御船手奉行
向井忠勝むかい ただかつ
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画像  
誕生 1582年6月5日(天正10年5月15日)
生誕地  
向井正綱
 
向井将監
官名 左近衛将監
近親など 正妻:長谷川長綱の娘
子:向井正俊、向井直宗など
ゆかりの地 GOOGLE MAP 相模国 向井屋敷(本邸・旧三崎城)
GOOGLE MAP 武蔵国 向井屋敷(江戸邸)
略歴
●御船手奉行の子
1582年 1歳 徳川水軍の御船手奉行、向井正綱の子として生まれる
1601年 19歳 徳川秀忠の御召船奉行となり、500石を拝領
下総国堀江に陣屋を置く
1610年頃 28歳 幕府が国際貿易港とした浦賀湊で、父とともにスペイン貿易などに関与
●大坂の陣
1614年 32歳 大坂冬の陣にも水軍を率いて参陣、野田の戦で勝利し大坂湾の制海権を確保する活躍
1615年 33歳 大坂夏の陣でも貢献
戦後は戦功を認められ500石を加増され1000石に
1617年 35歳 2000石を加増され3000石に
1624年 42歳 父が死没すると、その遺領2000石を合わせ5000石に
1625年 43歳 1000石を加増され6000石の旗本に
●江戸時代最大の安宅船
1632年 60歳 徳川秀忠の命を受け、江戸時代最大の安宅船である御座船「安宅丸」の造船を開始
    徳川秀忠、死没
1634年 62歳  安宅丸が完成、将軍、徳川家光が試乗
1641年 69歳 死没
レクイエム 将軍、秀忠が船で移動の際は必ず随行を命じられるなど、信頼されていた。

御座船の安宅丸は、伊豆伊東で造船され、推定排水量1500トン、100挺艪、2層の天守を持つ巨大な安宅船だったが、巨大過ぎて漕いでもなかなか進まないほどで、深川に係留され江戸の海防拠点として機能した。

豪華さは日光東照宮に、大きさは富士山に例えられるほど

向井将監家は幕末までの11代、幕府の水軍を統括した。
死没 1641年11月16日(寛永18年10月14日) (享年69歳)