宮内卿法印に叙された信長の右筆
松井友閑まつい ゆうかん
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誕生 ???
生誕地 尾張国
 
 
幼名  
 
官名 宮内卿法印
近親など  
ゆかりの地  和泉国 堺
 近江国 安土城
略歴 ●信長への随身
1555年 (??歳)
町人だったが、清洲城主となった織田信長に、この頃仕える。(推定)

1568年 (??歳)
織田信長が上洛した際も随行。

1569年 (??歳)
織田信長が京都の町衆に、茶器の供出を命じると、丹羽長秀とともにその奉行を務める。

その後も信長の茶頭を務める。

1572年 (??歳)
腫れ物を患う。

1574年 (??歳)
東大寺の蘭奢待(銘香木)の切取りの際、奉行のひとりに命じられる。

●堺奉行
1575年 (??歳)
堺の奉行を命じられる。

織田信長の奏請により、宮内卿法印に叙される。
武井夕庵は二位法印に)

1576年 (??歳)
織田信長の新居城、安土城内にも屋敷を拝領。

1578年 (??歳)
荒木村重謀反の際は、織田信長に命じられて村重に翻意するよう説得。

1580年 (??歳)
本願寺との和睦の際は、外交担当として活躍。

1581年 (??歳)
京都での馬揃えにも同行。

1582年 (??歳)
安土城での徳川家康への接待にも同席。

●秀吉への随身と失脚
1582年 (??歳)
織田信長本能寺の変で倒れる前日、堺の屋敷に徳川家康を泊めていた。

その後は羽柴(豊臣)秀吉にも茶頭として重用され、そのまま堺奉行(後に堺政所)を務める。

1586年 (??歳)
不祥事(詳細は不明)により役を解かれる。

(その後の消息は不明)
死没 不明
レクイエム 武井夕庵と同様に、武士以外で信長に重用された人物のひとり。