能登22万石を没収された利家の次男
前田利政まえだ としまさ
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誕生 1578年(天正6年)
生誕地  
前田利家
まつ(芳春院)
幼名 又若丸
前田孫四郎利政、宗悦、宗西
通称 孫四郎、能登侍従
官名 従四位下、侍従、能登守
近親など 正妻:籍(蒲生氏郷の娘)
子:前田直之など
兄:前田利長
弟:前田利光(利常)など
姉:摩阿(豊臣秀吉側室)、宇喜多秀家正室)など
ゆかりの地  能登国 小丸山城
 摂津国 大坂城
略歴 ●利家の次男
1578年 (1歳)
織田信長家臣で、越前国府中城主、前田利家の次男として生まれる。

1581年 (3歳)
父、前田利家能登国七尾へ転封。
兄、前田利長が、父の旧領の越前国府中3万石を受け継ぐ。

1583年 (5歳)
賤ヶ岳の戦後、前田家は羽柴(豊臣)秀吉方につく。

1592年 (14歳)
蒲生氏郷の娘、籍と結婚。

●能登
1593年 (15歳)
能登国小丸山城主に。

1599年 (21歳)
前田利家が隠居し、能登国22万石を分与される。

父の命で、大坂城の詰番衆に。

前田利家大坂城で死没。

母、芳春院(まつ)が家康の人質として江戸へ。

●隠棲
1600年 (22歳)
関ヶ原の戦前は兄、前田利長の説得を受け、西軍についた北陸の諸城を落とすが、途中で小丸山城に戻る。

戦後、能登国を没収され、京都嵯峨に隠棲。
能登国は、兄、前田利長に与えられる)

1605年 (27歳)
兄、前田利長が隠居し、弟の前田利光(利常)が前田家の家督を相続。

1614年 (36歳)
兄、前田利長が死没。

大坂冬の陣の際、両軍がら誘われるが中立の立場を貫く。

1633年 (55歳)
京都で死没。
死没 1633年8月18日(寛永10年7月14日) (享年53歳)
レクイエム 父、利家の病気見舞いと称して家康が前田邸を訪れた際、暗殺しようとしたが未遂に終わったとされるなど、慎重派の兄と違い剛毅な性格だった。

東軍につかなかったのは、妻が大坂に人質として捕らわれたという説と、兄弟、東軍、西軍に分かれてつくことで、どちらが勝っても前田家が存続できるようにしたという説などがある。