淀殿と秀吉の寵愛を競った名門出
京極竜子きょうごく たつこ
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誕生 ????年(????年)
生誕地 近江国 
京極高吉
マリア(浅井久政の娘)
幼名  
京極竜子、京極殿、西の丸殿、松の丸殿、寿芳院
近親など 夫:武田元明、豊臣秀吉
子:不詳
弟:京極高次京極高知など
ゆかりの地  若狭国 後瀬山城
 越前国 一乗谷館
 摂津国 大坂城
 山城国 伏見城(木幡山)
 近江国 大津城
略歴 ●名門
????年
京極高吉の娘として生まれる。

●若狭
その後、若狭国守護、武田元明に嫁ぐ。

1563年 (?歳)
弟、京極高次が誕生。

●越前
1568年 (??歳)
父、京極高吉が、上洛に向かう織田信長に臣従し隠居し、弟、京極高次が家督を相続。

越前国朝倉家の命により、夫、武田元明とともに一乗谷へ移住。

1573年 (??歳)
織田信長一乗谷攻めで朝倉氏が滅亡。
これにより開放される。

浅井長政自害により、浅井家が滅亡。(小谷城の戦
これにより、弟、京極高次近江国高島郡に5千石を拝領。

●本能寺
1582年 (??歳)
本能寺の変後、夫、武田元明、弟、京極高次明智光秀に与するが、山崎の戦明智光秀が敗北。

夫、武田元明、近江国で海津で謀殺される。

●秀吉
戦後、羽柴(豊臣)秀吉の側室となり、そのお陰で弟、京極高次も許される。

1583年 (??歳)
賤ヶ岳の戦では、弟、京極高次柴田勝家方につくが敗戦。
弟、京極高次は許される。

この頃淀殿(茶々)羽柴(豊臣)秀吉の側室となったことで、寵愛を競うように。

1585年 (??歳)
羽柴(豊臣)秀吉大坂城を築くと、筆頭側室として西の丸に入る。

1589年 (??歳)
淀殿(茶々)が秀吉の長子、豊臣鶴松を出産。

1590年 (??歳)
小田原城攻めの歳、羽柴(豊臣)秀吉から呼ばれ小田原の陣中へ。

弟、京極高次近江国八幡2万8千石を拝領し八幡山城主に。

1591年 (??歳)
羽柴(豊臣)秀吉伏見城を築くと、松の丸に住む。

京都、請願寺の再興に尽力。

1595年 (??歳)
弟、京極高次近江国大津6万石に移封され、大津城主に。

1598年 (??歳)
醍醐寺三宝院の花見。

豊臣秀吉が死没。
弟の大津城に移り住む。

1600年 (??歳)
関ヶ原の戦

弟、京極高次大津城に篭城し西軍をひき付けた功績から、若狭国一国8万5千石を拝領し後瀬山城主に。

●出家
出家し、寿芳院と名乗り、京都の西洞院に移り住む。

1615年 (??歳)
大坂夏の陣後、淀殿(茶々)の侍女、菊を保護。

処刑された豊臣秀頼の子、国松の身柄を引き取り、請願寺に埋葬。

1634年 (??歳)
死没。
死没 1634年10月22日(寛永11年9月1日) (享年??歳)
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