兄に続き大名となり伊奈侍従と呼ばれた
京極高知きょうごく たかとも
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誕生 1572年(元亀3年)
生誕地 近江国小谷城(?)
京極高吉
京極マリア(浅井久政の娘)
幼名  
ジョアン(洗礼名)、羽柴高知、
官名 従四位下、侍従、丹後守
通称 伊奈侍従
近親など 正妻:津田信澄の娘
兄:京極高知
姉:京極竜子(松の丸殿=豊臣秀吉側室)など
子:京極高広、京極高三、京極満吉など
ゆかりの地  近江国 小谷城
 信濃国 飯田城
 丹後国 田辺城(舞鶴城)
 丹後国 宮津城
略歴 ●守護家
1572年 (1歳)
織田信長の臣下となった、北近江の守護、京極高吉の次男として生まれる。

1573年 (2歳)
長年庇護を受けていた浅井長政が、織田信長に攻められ自害。(小谷城の戦

兄、京極高次近江国高島郡に5千石を拝領。

1582年 (11歳)
本能寺の変

●秀吉への随身
1583年 (12歳)
賤ヶ岳の戦後、 姉、竜子が羽柴(豊臣)秀吉の側室になったことから、兄、京極高次とともに秀吉に仕える。(推定)

1587年 (16歳)
豊臣秀吉九州攻め後、兄、京極高次が、近江国高島郡大溝を加増され大溝城主となり、京極氏は大名に復帰。(1万石)。

兄、京極高次浅井長政の次女、初(常高院)と結婚。

●信濃
1593年 (22歳)
信濃国飯田6万石を拝領、大名となり飯田城主に。

従四位下、侍従となり、伊奈侍従と呼ばれる。

その後、城下にキリスト教の布教を許し、洗礼を受けジョアンと名乗る。

1594年 (23歳)
10万石に加増される。

1598年 (27歳)
豊臣秀吉が没すると、兄とともに徳川家康に接近。

1600年 (29歳)
関ヶ原の戦でも徳川家康に従軍、主に西軍の大谷隊と戦う。

●丹後
戦後、丹後国一国、12万3千石を拝領し田辺城主に。

その後、宮津城に居城を移す。

1622年 (51歳)
死没。

遺領は、二人の子と甥の3人に分割され、宮津藩、田辺藩、峰山藩となる。
レクイエム 信濃飯田は、毛利秀頼が治めていたが、秀頼が死没したため、本来であればその子の毛利秀秋が相続するはずだが、それを差し置いて高知に配された。
秀吉からの信任の篤さがうかがえる。
死没 1622年9月17日(元和8年8月12日) (享年51歳)