秀吉の弟、小一郎秀長の名家老
桑山重晴くわやま しげはる
トップページ 戦国年表 人物 合戦・出来事 国と郡 城・社寺 関連表 用語集 公開記録 参考文献 プロフィール・リンク メール
画像  
誕生 1524年(大永4年)
生誕地 尾張国海東郡桑山
桑山以則
 
幼名 彦五郎
治部卿法印
通称  
官名 従五位下、修理大夫
近親など 子:桑山一重、桑山元晴、桑山貞晴など
孫:桑山一晴(後に養子に)
ゆかりの地  但馬国 竹田城
 紀伊国 和歌山城
略歴 1524年 (1歳)
尾張国の国人、桑山以則の子として生まれる。

●丹羽家
その後、織田信長の部将、丹羽長秀の与力に。

1570年 (47歳)
姉川の戦に参陣。

●羽柴家
1574年 (51歳)
羽柴(豊臣)秀吉の要請を受け、秀吉の配下に。

●竹田城主
1580年 (57歳)
但馬国竹田城主に。(1万石)

1583年 (60歳)
賤ヶ岳の戦で貢献し、戦後2万石に加増される。

●和歌山城代
1585年 (62歳)
羽柴(豊臣)秀吉の弟、豊臣秀長の家老となり、1万石を加増され紀伊国和歌山城城代に。

1591年 (68歳)
豊臣秀長が病死。
その後は豊臣秀吉の直参に。

1595年 (72歳)
和泉国日根郡に1万石を加増され4万石に。

●隠居
1596年 (73歳)
出家し、治部卿法印と名乗る。

1606年 (83歳)
死没。
レクイエム  
死没 1606年11月1日(慶長11年10月1日) (享年83歳)