伊達家から離反した智将、月舟斎
黒川晴氏くろかわ はるうじ
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誕生 1523年(大永3年)
生誕地 陸奥国陸前
黒川稙国
 
幼名  
元服名  
彦五郎、月舟斎
官名 佐馬頭、安芸守
近親など 兄:黒川稙家
正妻:大崎義兼の娘
子:竹乙(留守政景の正室)
養子:黒川義康(大崎義直の子)
ゆかりの地 地図 陸奥国陸前 鶴巣館(鶴楯城)
略歴 ●黒川家
1523年 (1歳)
陸奥国陸前黒川郡の領主で鶴巣館主、黒川稙国の子として生まれる。

その後、将軍、足利義輝より偏諱を受け、黒川晴氏と名乗る。

(中略)

1568年 (46歳)
兄で当主の黒川稙家が死没、家督を相続。引き続き伊達家に従う。

●離反
1588年 (66歳)
主家の伊達政宗が、黒川家とつながりの深い大崎家攻めを開始すると、伊達家から離反し桑折城に入城、中新田城攻めから退却する伊達勢を攻めて勝利。(中新田の戦=大崎合戦)

伊達勢の籠る新沼城を包囲するが、娘婿で敵対関係となった留守政景が危機に陥ったこともあり、泉田重光、長江勝景を人質に取って伊達家と和睦。

1589年 (67歳)
摺上原の戦伊達政宗蘆名義広に勝利。これにより伊達政宗が奥州を平定。

これを受けて、主家、大崎家も伊達家に服従。

●小田原不参陣
1590年 (68歳)
豊臣秀吉小田原城攻めには参陣せず。
これにより戦後領地を没収される。

伊達政宗から離反の罪で断罪されそうになるが、留守政景の取り成しにより許される。

1599年 (77歳)
死没。
死没 1599年8月25日(慶長4年7月5日) (享年77歳)(1609年没説もあり)
レクイエム 大崎合戦で娘婿の留守政景を助けたことが、2年後の助命につながった。まさに「情けは人の為ならず」。