黒田官兵衛が仕えていた御着城主
小寺政職こでら まさもと
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画像  
誕生 1517年(永正14年)
生誕地 播磨国
小寺則職
 
幼名  
藤兵衛
官名  
近親など 子:小寺氏職など
ゆかりの地  播磨国 御着城
略歴 ●赤松氏家臣
1517年 (1歳)
播磨国守護である赤松義村の家臣、小寺則職の子として生まれる。

1521年 (5歳)
赤松義村が浦上村宗に討たれる。

1531年 (15歳)
浦上村宗攻めなど赤松家再興に貢献。

●独立
その後、播磨国西部に独立。

この頃、黒田重隆、黒田職隆(黒田官兵衛の祖父、父)などの浪人を召抱える。

1543年 (27歳)
政敵の香山氏を、家臣の黒田重隆、職隆父子が討ち取る。

1545年 (29歳)
家督を相続し、御着城主に。

黒田重隆、職隆父子を姫路城代に。

1567年 (41歳)
家老の黒田職隆が隠居し、その子黒田官兵衛を家老とする。

●黒田官兵衛と織田信長
1576年 (50歳)
西から進出してきた毛利氏と、東から進出してきた織田氏の部将羽柴(豊臣)秀吉から誘降を持ちかけられるが、家老、黒田官兵衛の助言により織田信長につくことを決定。

●寝返り
1578年 (52歳)
三木城別所長治が毛利方に寝返り、さらには信長の部将荒木村重が謀反を起こすと、これらに応じて織田家を裏切り毛利氏につく。

1580年 (54歳)
織田信忠御着城を攻められ、毛利家を頼り落ち延びる。

1582年 (56歳)
備後国鞆で死没。
レクイエム  
死没 1582年(天正10年)?月 (享年56歳)