花巻城を守り切った南部家の名家老
北信愛きた のぶちか
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誕生 1523年(大永3年)
生誕地 陸奥国陸奥
北致愛
 
幼名  
元服名 北信愛
剣吉彦太郎、北信愛、松斎
官名 左衛門佐、尾張守
近親など 子:北愛一、北秀愛、北直継、北愛邦、北愛久、北信景など
ゆかりの地  陸奥国陸奥 剣吉城
 陸奥国陸中 花巻城
略歴 ●北氏
1523年 (1歳)
南部義信の嫡男で北家を継いでいた、北致愛の嫡男として生まれる。

●家督
1540年 (18歳)
この頃、父から家督を譲られる。

1541年 (19歳)
南部晴政が南部家を相続すると、引き続きこれに仕える。

●屋裏の変
1570年 (48歳)
主家、南部家の家督争いが起こると、晴政の養嗣子、田子信直(南部信直)に味方。
これにより主君、南部晴政と敵対。(屋裏の変)

1571年 (49歳)
南部晴政に剣吉城を攻められるが、八戸政栄の仲介により和睦。

1572年 (50歳)
田子信直(南部信直)が身の危険を感じ、南部家相続を辞退。

1577年 (55歳)
南部晴政の嫡子、南部晴継の元服に際し烏帽子親を務める。

●暗殺
1582年 (60歳)
南部晴政が病没、南部晴継が家督を相続。

晴政の後継、南部晴継が病没。(暗殺あり)

田子信直(南部信直)と南部(九戸)実親との家督争いを起こると信直に味方し、八戸政栄を懐柔するなど、南部信直の相続に貢献。

これにより南部(九戸)実親の実兄、九戸政実と家中において対立。

●秀吉への臣従
1587年 (65歳)
加賀国金沢城主、前田利家を訪れ豊臣秀吉に接近。

1590年 (68歳)
主君南部信直豊臣秀吉小田原城攻めに参陣。
これにより奥州仕置で南部家は、本領(陸奥国陸奥南部、陸奥国陸中北部)を安堵される。

1591年 (69歳)
九戸政実の乱が起こると上洛して豊臣秀吉に援軍を要請、乱は豊臣秀次の討伐軍に鎮圧される。

主君南部信直九戸城を改築し居城に。(福岡城)

1598年 (76歳)
主君南部信直盛岡城の築城を開始。(初代盛岡藩主)

●花巻城
花巻城の城代に。

1599年 (77歳)
主君南部信直が病没すると、跡を継いだ南部利直に隠居を申し出るが許されず。

剃髪し松斎と号す。

●花巻城の夜討
1600年 (78歳)
徳川家康が会津の上杉攻めに向かうと、南部家は東軍につき、信愛は花巻城を守備。

出羽への出兵中(慶長出羽合戦)、伊達政宗に煽動され(異説有り)和賀郡や稗貫郡で一揆(岩崎一揆)が起こり、和賀忠親花巻城を急襲されるが、柏山明助らとともに駆け戻り城を守り切る。(花巻城の夜討ち)

関ヶ原の戦で東軍が勝利。

1601年 (79歳)
和賀郡や稗貫郡の一揆を平定。(岩崎一揆)

1613年 (91歳)
死没。
死没 1613年10月1日(慶長18年8月17日) (享年91歳)
レクイエム 出陣時は観音祭りを行い、髻の中に観音像を忍ばせるなど、信心深い武将であった。
花巻市の花巻まつりは、これに由来するといわれる。