夫、勝頼とともに天目山に散った北条の姫
桂林院けいりんいん
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誕生 1564年(永禄7年)
生誕地 相模国 小田原
北条氏康
松田氏(松田憲秀の娘)
幼名  
桂林院
官名  
通称 北条夫人
近親など 夫:武田勝頼
兄:北条新九郎、北条氏政北条(大内)氏照北条(藤田)氏邦北条氏秀(上杉景虎)など
ゆかりの地  相模国 小田原城
 甲斐国 躑躅ケ崎城
 甲斐国 新府城
 甲斐国 景徳院(墓)
略歴 ●小田原
1564年 (1歳)
相模国小田原城主、北条氏康の六女として生まれる。

1571年 (8歳)
父、北条氏康の死没後、武田家との同盟(相甲同盟)が復活。

●甲斐
1577年 (14歳)
相甲同盟強化のため、甲斐国武田勝頼に嫁ぐ。

1579年頃 (16歳)
武田家が上杉謙信なきあとの後継者争い、御館の乱に巻き込まれるが、上杉景勝と和睦し同盟。(甲越同盟)

これがきっかけとなり、武田家は実家の北条家から同盟を破棄される。

●滅亡へ
1581年 (18歳)
遠江国の拠点高天神城を、徳川家康に奪われる。(高天神城の戦(第二次))

甲斐国韮崎に築かれた本城、新府城へ移る。

1582年 (19歳)
信濃国福島城主木曾義昌が、織田信長へ寝返る。

駿河国江尻城代で夫、勝頼の従兄、穴山梅雪織田信長へ寝返る。

夫、勝頼とともに新府城を出て、甲斐国天目山へ向かう。

重臣、小山田信茂の要害である岩殿山城へ向かうが、裏切りにあう。

甲斐国田野にて、夫、勝頼とともに自害。(天目山の戦

辞世は、「帰る雁頼む疎隔の言の葉を持ちて相模の国府に落とせよ」
死没 1582年4月3日(天正10年3月11日) (享年19歳)
レクイエム 滅亡が迫ると勝頼から小田原に帰るよう説得されるがこれを拒み、夫と最期をともにした。