陶晴賢を厳島におびき寄せた毛利の忠臣
桂元澄かつら もとずみ
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誕生 1500年(明応9年)
生誕地 安芸国
桂広澄
 
幼名  
元服名  
官名 大蔵少輔、上野介
近親など 正室:福原広俊の娘
継室:志道広良の娘
子:桂元延、桂元貞、桂元親、桂景信、桂広繁、桂元盛など
弟:桂元忠、桂就延、桂保和など
ゆかりの地  安芸国 桂城
 安芸国 桜尾城
略歴 ●桂氏
1500年 (1歳)
安芸国毛利家の一族で桂城主、桂広澄の子として生まれる。

1516年 (17歳)
主君、毛利興元が死没し、嫡子の幸松丸が、2歳で毛利家を相続。

●家督
1522年 (23歳)
父、桂広澄から家督を譲られる。

1523年 (24歳)
主君、毛利幸松丸が夭折。
毛利興元の子のふたり(毛利元就、相合元綱)による相続争いが起こるが、毛利元就が家督を相続。

●坂氏の反乱
1524年 (25歳)
叔父、坂広秀が相合元綱を担いで謀反を起こすが平定される。
父、桂広澄(広秀の実兄)が責任をとって自害。

元澄も同様に自害を決意するが毛利元就に止められる。

その後、毛利元就の重臣として活躍。

1529年 (30歳)
毛利氏が大内義隆の傘下に。

1541年 (42歳)
吉田郡山城の戦

1550年 (51歳)
毛利両川体制が確立。(吉川・小早川)

●厳島の戦
1555年 (56歳)
厳島の戦では、陶晴賢に寝返った振りをし、厳島におびき寄せることに成功。

その後、桜尾城主となり、神域である厳島を管理。

1561年 (62歳)
厳島神社の大鳥居を造営。

1569年 (70歳)
死没。
死没 1569年8月17日(永禄12年7月5日) (享年70歳)
レクイエム