筑紫の坊主と呼ばれ親しまれた
神屋宗湛かみや そうたん
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誕生 1551年2月6日(天文20年1月1日)
生誕地  
神屋紹策
 
通称 善四郎 
神屋貞清、神屋宗湛(出家名)
官名  
近親など 祖父:神屋寿貞
関連人物  
ゆかりの地  筑前国 豊国神社(博多の宗湛屋敷跡)
 筑前国 妙楽寺(墓所)
略歴 ●博多の商人
1551年 (1歳)
博多の商人、神屋紹策の子として生まれる。

●上洛
1582年 (32歳)
島井宗室とともに上洛し、織田信長に謁見。

本能寺の変

1586年 (36歳)
再上洛し、堺の商人、津田宗及や諸大名と懇意となり、大徳寺にて出家し、宗湛と名乗る。

●秀吉
1587年 (37歳)
九州攻めの際豊臣秀吉に謁見し特権を得、博多商人の第一人者に。

1592年〜 (42歳〜)
文禄の役(朝鮮出兵)慶長の役(第二次朝鮮出兵)では豊臣秀吉の側にあり、兵糧方として貢献。

●家康
1598年 (50歳)
豊臣秀吉が死没。

1600年 (52歳)
関ヶ原の戦

天下人となった徳川家康からは遠ざけれ、筑前国へ転封となった黒田長政の御用商人に。

1624年 (76歳)
藩主、黒田忠之から、5百石と黄金2千両と引き換えに、名物茶器、博多分琳を召し上げられる。

1635年 (87歳)
死没。
死没 1635年12月7日(寛永12年10月28日) (享年87歳)
レクイエム 秀吉のお気に入りとなり、筑紫の坊主と呼ばれ親しまれた。

著作、宗湛日記は後世の偽作との説がある。