荒木村重に攻められ自害した
伊丹親興いたみ ちかおき
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誕生 ????年(???年)
生誕地  
伊丹親永
 
次郎(幼名)、貞親、親興
官名 兵庫頭、大和守
近親など 子:伊丹永親など
ゆかりの地  摂津国 伊丹城(のちの有岡城)
略歴
●管領家家臣
????年 1歳 管領細川家家臣で伊丹城主の、伊丹親永の子として生まれる
その後、父同様に管領細川晴元に仕える
●三好家台頭と対立
1548年頃 ??歳 細川晴元三好長慶が対立
1549年 ??歳 江口の戦で、細川晴元三好長慶勢に敗北、将軍足利義輝やその父で前将軍の足利義晴とともに近江国へ逃れる
摂津国の豪族の多くが三好長慶に降る中あくまでも管領家に与し、伊丹城に籠り三好勢や播磨国の赤松家に抗戦
1550年 ??歳 籠城に成功し、三好長慶と和睦
●信長への服従
1568年 ??歳 織田信長が上洛してくると(信長の上洛戦)臣下につき、池田勝正和田惟政とともに摂津三守護のひとりに
足利義昭が15代室町将軍に
1570年 ??歳 織田信長に従い、本願寺攻めを行う。(石山合戦
●将軍への寝返り
1573年 ??歳 織田信長と対立した将軍足利義昭に従う
1574年 ??歳 信長方についた荒木村重に伊丹城を攻め落とされ、自害
死没 1574年11月28日(天正2年11月15日)(享年??歳)
レクイエム 強きに従うという戦国時代にあって、台頭してきた三好家には降らず弱体化した細川管領家に味方したり、信長と敵対した将軍足利義昭にも従うなど、義へのこだわりを感じる武将ではある。