家康に信頼された僧上がりの名奉行
板倉勝重いたくら かつしげ
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誕生 1545年(天文14年)
生誕地 三河国 小美
板倉好重
本多光重の娘
四郎右衛門、勝重、香誉宗哲(出家名)
官名 従五位下、伊賀守、従四位下、侍従
近親など 子:板倉重宗、板倉重昌など
ゆかりの地  山城国 二条城
略歴
●三河
1545年 1歳 松平広忠の家臣、板倉好重の子として生まれる
●出家
幼くして出家し、浄土真宗の永安寺に入る
1561年 17歳 父、板倉好重が戦死。弟の板倉定重が家督を継ぐ
●還俗
1581年 37歳 弟の板倉定重が高天神城争奪戦(高天神城の戦(第二次))で戦死したことから、還俗して家督を継ぐ
●名奉行
1586年 42歳 徳川家康が、居城を浜松城から駿府城に移すと、駿府の町奉行に
1590年 46歳 徳川家康が関東に移封されると、江戸町奉行に
1600年 56歳 関ヶ原の戦
●京都所司代
1601年 57歳 京都所司代に
1603年 59歳 徳川家康が江戸に幕府を開府すると、従五位下伊賀守を叙任し、加増を受け合計1万6千石の大名に
1609年 65歳 猪熊事件で、朝廷と幕府間の調整役として重責を担う
1614年 68歳 大坂冬の陣の直前の、方広寺鐘銘事件に関与
1615年 69歳 大坂夏の陣
禁中並公家諸法が施行されると、それを基に禁裏や公家の監視を強化
1616年 70歳 徳川家康死没
1620年 74歳 隠居し、子の板倉重宗に京都所司代職を譲る
1624年 78歳 死没
死没 1624年(寛永元年)4月 (享年78歳)
レクイエム