信長に茶道を教えた堺の商人
今井宗久いまい そうきゅう
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誕生 1520年(永正17年)
生誕地 大和
 
 
彦右衛門 
官名  
近親など 正妻:武野紹鴎の娘
子:今井宗薫など
ゆかりの地  摂津国 大仙公園(宗久ゆかりの茶室「黄梅庵」がある
略歴
●堺商人
????年 1歳 出自不詳
その後堺の商人納屋宗次に身を寄せ、武野紹鴎の元で茶を学ぶ商人に
●信長との出会い
1568年 49歳 織田信長が上洛し堺の町に2万貫の矢銭を課した際、津田宗及とともに、反抗しようとする会合衆を説得。これにより、信長の茶頭を務めるなど重用されるように
将軍足利義昭から大蔵卿法印を拝受
●摂津代官
1569年 50歳 摂津国の代官職を任せられる
1570年 51歳 但馬銀山(但馬国)の支配権を得る
●鉄砲生産
この頃から、鉄砲の大量生産を手がける
1582年 63歳 織田信長本能寺の変で没したあとは、羽柴(豊臣)秀吉の御咄衆に
しかし秀吉は宗久よりも千利休を重用
1587年 68歳 北野大茶会に協力
1593年 74歳 死没
死没 1593年(文禄2年)8月 (享年74歳)
レクイエム 上洛した信長は、宗久から名物の松島の茶壺や紹鴎茄子を献上され、それがきっかけで茶の湯の夢中になっていった。

信長の台頭をいち早く確信し、終始協力を惜しまなかったことから重用され、大商人にのし上がった。

千利休津田宗及とともに、茶の湯三大宗匠のひとり。