讃岐一国を拝領した豊臣三中老
生駒親正いこま ちかまさ
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誕生 1526年(大永6年)
生誕地 美濃国可児郡
生駒親重
曾根氏
正成(幼名)、土田甚助、生駒近規、近正、政勝、近親
官名 従五位下、従四位下、雅楽頭
近親など 正室:高木正資の養女
子:生駒一正など
ゆかりの地  伊勢国 神戸城
 讃岐国 引田城
 讃岐国 聖通寺城
 讃岐国 高松城
略歴
●美濃
1526年 1歳 美濃国の武士、生駒親重の子として生まれる
●信長への随身
その後、父とともに織田信長に従う
1566年 41歳 主君織田信長が、斎藤龍興を攻め伊勢国へ追い、美濃国を支配下に。(稲葉山城攻め
その後、木下(豊臣)秀吉の与力に
1575年 50歳 長篠の戦に参陣
1577年 52歳 第一次雑賀攻めに参陣
●秀吉の家臣
1582年 57歳 本能寺の変後は、羽柴(豊臣)秀吉の家臣となる
山崎の戦に参陣
1583年 58歳 賤ヶ岳の戦に参陣
1585年 60歳 近江国高島郡に2万石を拝領し大名に
1586年 61歳 伊勢国神戸城主となり、4万1千石を加増される
播磨国赤穂6万石に、加増の上、転封
●讃岐
1587年 62歳 讃岐国一国17万6千石を拝領し、引田城主に
その後、聖通寺城に居城を移す
1588年 63歳 聖通寺城が手狭なことから、玉藻の浦の岸辺に新城を築城開始
1590年 65歳 新城を高松城と命名し、居城に
小田原城攻めに参陣
1592年 67歳 文禄の役に参陣
1598年 73歳 三中老のひとりに
1600年 75歳 関ヶ原の戦の際は讃岐国にいて西軍に味方し、丹後国舞鶴城(田辺城)細川幽斎(藤孝)攻めに兵を派遣
西軍に味方した責任をとり、家督を子の生駒一正に譲り高野山へ蟄居
ただし、子の生駒一正は東軍につかせていたことから、諸領は安堵される
その後許されて讃岐国に帰還
1603年 78歳 高松城で死没
死没 1603年3月25日(慶長8年2月13日) (享年78歳)
レクイエム 高松に居城を築城し、高松市の基礎を築いた人物である。

信長の側室となった生駒吉乃は、親正の娘だったという説や、兄嫁だった、という説などがある。

ちなみに親正の命日は、江戸幕府開府の翌日である。