女地頭と呼ばれた井伊谷の女領主
井伊直虎いい なおとら
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誕生 ????年(????年)
生誕地 遠江国 井伊谷
井伊直盛
祐椿尼(新野親矩の妹)
次郎法師(幼名)、井伊直虎、女地頭
官名  
近親など 夫:なし
養子:井伊直政(異説あり)など
ゆかりの地 GOOGLE MAP 遠江国 井伊谷城
GOOGLE MAP 遠江国 龍潭寺
略歴
●井伊谷
????年 1歳 今川家の家臣で、遠江国井伊谷城主、井伊直盛の娘として生まれる
その後、父の従弟、井伊直親を婿養子に迎えることとなり、婚約
    ●出家
1544年 ??歳 許婿である井伊直親の父、井伊直満が、弟の井伊直義とともに今川家から謀反の疑いを受け自害
井伊直親は信濃国へ逃亡
これを受け、井伊谷の龍潭寺で出家、次郎法師と名乗る
1555年 ??歳 井伊直親が今川家に復帰。ただしすでに奥山親朝の娘を正室に迎えていた
●今川家の落日
1560年 ??歳 桶狭間の戦で父、井伊直盛が戦死
    井伊直親が井伊家の家督を相続
1562年 ??歳 井伊直親が、今川氏真の重臣、小野道好の讒言を受け(松平元康(徳川家康)に従おうとしているとの讒言)、殺害される
    母、祐椿尼の兄、新野親矩の庇護下に
1564年 ??歳 今川氏真の命による引馬城攻めで、縁戚の新野親矩や重臣の中野直由が討ち死にしたことから、井伊家は大きく弱体化
    幼年だった井伊直親の子、虎松(井伊直政)が出家し鳳来寺へ移る
    ●伊井谷の女領主
1565年 ??歳 還俗し、井伊直虎と名乗り女領主に
    ●小野道好の介入
1568年 ??歳 今川氏真の命を受けた小野道好の介入を受け、徳政令を発令
    小野道好に井伊谷城を奪われる
    これに反発した井伊谷三人衆(近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久)に、浜松城(旧引馬城)主となっていた徳川家康が加担、井伊谷城を奪還
1569年 ??歳 徳川家康に懇願し、井伊直親の仇でもある小野道好を処刑
●武田の来襲
1572年 ??歳 武田信玄の上洛戦が始まると、井伊谷城を武田家臣、山県昌景に明け渡し、徳川家康浜松城へ逃亡
1573年 ??歳 武田信玄の死没により、武田軍が撤退したことから井伊谷城に復帰
    ●家康
1575年 ??歳 養子としていた井伊直政を、徳川家康に仕えさせる
1582年 ??歳 死没
死没 1582年9月12日(天正10年8月26日) (享年??歳)
レクイエム 女領主として井伊家を守った。

養子、井伊直政はのちに徳川四天王のひとりとして活躍することになる。