山中城で戦死した秀吉の宿老
一柳直末ひとつやなぎ なおすえ
トップページ 戦国年表 人物 合戦・出来事 国と郡 城・社寺 関連表 用語集 公開記録 参考文献 プロフィール・リンク メール
画像  
誕生 1546年(天文11年)
生誕地 美濃国
一柳直高
 
幼名  
一柳市介
官名 従五位下、伊豆守
近親など 弟:一柳直盛
ゆかりの地  美濃国 大垣城
 美濃国 軽海西城
 伊豆国 山中城
略歴 ●美濃
1546年 (1歳)
美濃国厚見の土豪、一柳直高の子として生まれる。

●秀吉への随身
その後、木下(豊臣)秀吉に仕える。

1579年 (34歳)
三木城兵糧攻めに参陣。

1581年 (36歳)
鳥取城兵糧攻めに参陣。

1583年 (38歳)
賤ヶ岳の戦に参陣。

●大垣城主
1585年 (40歳)
羽柴(豊臣)秀次の宿老のひとりに。

美濃国に3万石を拝領し大垣城主に。

●軽海西城主
1589年 (44歳)
6万石に加増され、美濃国軽海西城主に。

1590年 (45歳)
豊臣秀吉小田原城攻めでは、豊臣秀次の先鋒として山中城攻めを行うが、銃撃され討ち死に。
死没 1590年(天正18年)3月 (享年45歳)
レクイエム 直末の死を知った豊臣秀吉は大変に嘆き悲しみ、3日間も口を閉ざしたといわれている。