同年で家康の信頼篤かった
平岩親吉ひらいわ ちかよし
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誕生 1542年(天文11年)
生誕地  
平岩親重
 
幼名 七之助
平岩親重
官名 主計頭
近親など  
ゆかりの地  甲斐国 甲府城
 上野国 厩橋城(前橋城)
 尾張国 犬山城
略歴 ●家康への随身
1542年 (1歳)
三河国岡崎城主、松平広忠の家臣、平岩親重の次男として生まれる。

1549年 (9歳)
松平元康(徳川家康)の駿府での人質生活に従う。

1558年 (18歳)
松平元康(徳川家康)初陣の際、ともに初陣。

●信康の傅役
1560年頃 (20歳)
松平元康(徳川家康)の嫡男、竹千代(松平信康)の傅役に。

1572年 (32歳)
武田信玄との三方ヶ原の戦に参陣。

1576年 (36歳)
武田家に内通した(疑い)水野信元を、織田信長の命を受けた徳川家康の指示により殺害。

●信康事件
1579年 (39歳)
信康事件で、松平信康が切腹。この責任をとり蟄居。

1582年頃 (42歳)
徳川家康の説得で復帰。松平信康の家臣を自分の家臣に組み込む。

天正壬午の乱では、黒駒の戦などで貢献。

●甲府城主
1583年 (43歳)
武田家滅亡後の甲斐国に入り、甲府城を築城し城代に。(1万3千石)
武田家の旧臣を慰撫しつつ治める。

1585年 (45歳)
石川数正の出奔により、徳川家康から命じられ甲州軍学による新兵法を制定。

1590年 (50歳)
小田原城攻めでも、徳川勢の先鋒として貢献。

●厩橋城主
戦後、上野国厩橋城(前橋城)主となり、3万3千石を拝領。

1600年 (60歳)
関ヶ原の戦では、上野国厩橋城(前橋城)で会津の上杉景勝をけん制。

●甲斐
1601年 (61歳)
再び甲斐国に移封となり、3万石を加増され甲府城の城代に。

1603年 (63歳)
徳川家康の子、五郎太丸(徳川義直)が甲府城主となると、その付家老となり執政を行う。

●犬山城主
1606年 (66歳)
徳川義直の尾張国転封にともない、尾張国犬山に6万石を加増され、犬山城主に。

1611年 (71歳)
尾張国で死没。
死没 1611年(慶長16年)12月 (享年71歳)
レクイエム 跡継ぎがなかったことから、平岩家は断絶となった。

徳川家康は親吉の子と言われる人物を探し出してきて、跡を継がせようとまでしたが、母親が否定したため実現しなかった。それほど信頼された人物であった。