伊賀忍者から徳川十六将のひとりとなった
服部半蔵はっとり はんぞう
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誕生 1542年(天文11年)
生誕地 三河国
服部半蔵保長
熊谷直連の妹
幼名  
服部半蔵正成
官名 石見守
近親など 子:服部半蔵正就など
ゆかりの地  武蔵国 西念寺(墓所)
略歴 ●家康の小姓
1542年 (1歳)
三河国松平家家臣で、伊賀忍者出身の服部半蔵保長の四男として生まれる。

1558年 (17歳)
父の死により家督を相続。
三河国に居ながら、駿府の今川家にいる松平元信(徳川家康)に仕える。

●桶狭間
1560年 (19歳)
今川義元桶狭間の戦織田信長に討たれたため、松平元信(徳川家康)岡崎城に入る。

1569年 (28歳)
掛川城の戦に従軍。

1570年 (29歳)
姉川の戦に従軍。

1572年 (31歳)
三方ヶ原の戦に従軍。

●信康事件
1579年 (38歳)
信康事件で、家康の嫡男松平信康切腹の検死役に任命されるが、主君に刃を向けられぬと号泣し、介錯できず。

●本能寺の変
1582年 (41歳)
本能寺の変が起こったとき、家康とともに和泉国堺を観光中だったが、茶屋清延と協力して伊賀国などの土豪と交渉し、三河国への帰路の安全を確保。

1590年 (59歳)
小田原城攻め後、関東に転封された徳川家康から武蔵国の下荻窪に8千石を拝領し、その後も伊賀忍者集団を統率。

1596年 (65歳)
死没。
死没 1596年(慶長元年)11月 (享年65歳)
レクイエム 忍者出身の家ではあるが、忍術よりも槍働きに戦功が多く鬼の半蔵と呼ばれ、、戦闘と諜報により若き日の家康を助けた。

江戸城の修築の際は、搦め手門の普請を担当したことから、江戸城の搦め手門は半蔵門と呼ばれるようになった。