三好勢との戦に明け暮れた河内守護
畠山高政はたけやま たかまさ
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誕生 1527年(大永7年)
生誕地  
畠山政国
 
幼名 二郎
 
幕職 河内守護、紀伊守護
官名 修理亮、紀伊守、尾張守、播磨守など
近親など  
ゆかりの地  河内国 高屋城
 紀伊国 岩室城
略歴 ●守護家
1527年 (1歳)
河内国守護で高屋城主、畠山政国の子として生まれる。

●三好家との争い
1546年 (18歳)
舎利寺の戦では父に従い出陣し、細川晴元の家臣、三好政長に勝利。

1548年 (20歳)
三好政長を討った三好長慶の圧力に屈する。

●家督相続
1550年 (22歳)
父、畠山政国が死没。

1551年 (23歳)
守護代、遊佐長教が暗殺される。
安見宗房が替わって守護代に。

1552年 (24歳)
守護代、安見宗房の働きにより家督を相続、河内国守護に。

●近江
1553年 (25歳)
再び三好長慶に敵対するが圧力に屈し、将軍足利義輝や安見宗房とともに近江国へ逃れる。

この頃から、近江国六角承禎とも協力し合い三好家に対抗。

河内国に戻る。

●謀反
1558年 (30歳)
家臣の安見宗房の謀反により、高屋城から追われ、堺へ。

1559年 (31歳)
三好長慶と和睦、その協力を得て高屋城の安見宗房を追い出し、河内国に戻る。

1560年 (32歳)
再び安見宗房を守護代に据え、三好長慶と対立するが、攻められ河内国から追われる。

●河内の攻防
1562年 (34歳)
久米田の戦和泉国)で、三好長慶の弟、三好実休(義賢)を討ち勝利、高屋城に復帰。

教興寺の戦河内国)で三好勢に敗北、紀伊国へ逃れる。

1565年 (37歳)
永禄の変で、将軍足利義輝が三好勢に討たれる。

1566年 (38歳)
三好家と和睦し河内国に戻る。

●信長上洛
1568年 (40歳)
織田信長が上洛してくると、三好長慶から離反し信長に従う。(信長の上洛戦

1569年 (41歳)
重臣の遊佐信教の謀反を受け、紀伊国岩室城に逃れる。

1573年 (45歳)
弟、畠山昭高が遊佐信教に暗殺されたことから、河内国へ侵攻するが敗北。

1576年 (48歳)
死没。
死没 1576年(天正4年)10月 (享年48歳)
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