秀吉が養子にもらい受けた信長の四男
羽柴秀勝はしば ひでかつ
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誕生 1568年(永禄11年)
生誕地  
実父:織田信長、養父:羽柴(豊臣)秀吉
 
幼名 於次丸
羽柴秀勝
官名 従五位下、少将、正四位、侍従、従三位、左近衛権少将、正三位、権中納言など
近親など 兄:織田信忠織田(北畠)信雄織田(神戸)信孝
ゆかりの地  丹波国 亀山城
略歴 ●秀吉の養子
1568年 (1歳)
織田信長の四男として生まれる。

子のいなかった羽柴(豊臣)秀吉の養子となる。

●実父の死
1582年 (15歳)
明智光秀の謀反(本能寺の変)により、実父織田信長が自害。

山崎の戦で父羽柴(豊臣)秀吉が信長の仇を討つ。

●亀山城主
織田家の後継者を決める清洲会議で、明智光秀の旧領丹波国(26万3千石)を与えられ亀山城主に。

1583年 (16歳)
賤ヶ岳の戦に従軍。

1584年 (17歳)
小牧・長久手の戦に従軍。

1585年 (18歳)
羽柴(豊臣)秀吉が関白に。

病死。
死没 1586年1月29日(天正13年12月10日) (享年18歳)
レクイエム 18歳の若さでの死は、元来病弱だったため。

秀吉は、以前側室の南殿との間に設けた長子石松丸(存在の真偽については不明)にも「秀勝」を名乗らせており、また、後に養子に迎える甥(姉の子、豊臣秀勝)にも「秀勝」を名乗らせる。

山崎の戦で織田家中での主導権を握った秀吉であるが、この秀勝の存在も大きな伏線になっていたと思われる。