慶長遣欧使節の副使
支倉常長はせくら つねなが
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誕生 1571年(元亀2年)
生誕地 出羽国羽前 長井
実父:山口常成、養父:支倉時政
 
幼名 與市
元服名 支倉六右衛門長経
支倉長経、支倉常長(?)
官名  
近親など 子:支倉常頼
ゆかりの地  陸奥国陸前 仙台城
 陸奥国陸前 月の浦
略歴 ●山口家
1571年 (1歳)
出羽国羽前米沢城主、伊達輝宗の近習、山口常成の次男として生まれる。

●支倉家
その後、伯父、支倉時政(1200石)の養嗣子に。

その後、支倉時政に実子が誕生したことから、分家を立てる。(600石)

1584年 (14歳)
主君伊達輝宗が隠居、子の伊達政宗が家督を相続。

その後、伊達政宗に仕える。

1592年〜 (22歳)
伊達政宗に従い文禄の役(朝鮮出兵)慶長の役(第二次朝鮮出兵)に従軍。

1600年 (30歳)
関ヶ原の戦

1601年 (31歳)
伊達政宗仙台城(青葉城)に移る。

●遣欧使節
1612年 (42歳)
イスパニア人宣教師、ルイス・ソテロを正使とする、遣欧使節の副使に任じられる。

浦賀より出航するが暴風により遭難。

1613年 (43歳)
陸奥国陸前月の浦より、サン・ファン・バウティスタ号に乗り、140人ほどを率いてローマへ向かう。

国内に禁教令が出され、キリスト教への弾圧が強まる。

1615年 (45歳)
イスパニア、フィリップ3世に謁見。

バチカン宮殿にてローマ教皇、パウルス5世に謁見。

●帰国
1620年 (50歳)
帰国するが、禁教令を知り失望。

1622年 (52歳)
死去。
死没 1622年8月7日(元和8年7月1日) (享年52歳)
レクイエム キリシタンであることを理由に処罰されるのを恐れて病死したこととし、実際は黒川郡大谷成田村に隠棲し82歳まで生き続けたという説がある。