秀吉に仕えた川並衆の棟梁
蜂須賀正勝はちすか まさかつ
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誕生 1526年(大英6年)
生誕地 尾張国 蜂須賀村
蜂須賀正利
 
幼名 小六
蜂須賀彦右衛門
官名 修理大夫
近親など 子:蜂須賀家政など
ゆかりの地  播磨国 龍野城
略歴 ●川並衆の棟梁
1526年 (1歳)
尾張国の川並衆、蜂須賀正利の長男として生まれる。

その武勇から川並衆の棟梁となり、初め美濃国斎藤道三に味方していたが、のちに織田信長に味方する。

●信長への随身
1560年 (35歳)
桶狭間の戦に参陣。功をたてる。

●秀吉の与力
1565年頃 (40歳)
この頃、木下藤吉郎(豊臣秀吉)の与力となる。

1566年 (41歳)
木下藤吉郎(豊臣秀吉)に従い、美濃国墨俣城築城に貢献。

この後も秀吉の参謀として活躍。

●龍野城主
1580年 (55歳)
三木城兵糧攻めの功から、播磨国龍野城主となり5万3千石を拝領。

その後、秀吉の中国進出の際、敵方の誘降などで活躍。

1585年 (60歳)
四国攻めでは、長宗我部元親の誘降に成功。

これにより阿波国一国を配されることになったが、高齢を理由に息子の蜂須賀家政に譲り隠居。

1586年 (61歳)
大坂で死去。
レクイエム 野盗の棟梁だったという説、また、少年時代の秀吉に矢作川で出逢ったという説もあるが、作り話とされている。

イメージでは武辺中心の人物だが、実際には諜略を得意とした。
死没 1586年(天正14年)5月 (享年61歳)