25万石の大名に出世した小六の嫡男
蜂須賀家政はちすか いえまさ
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誕生 1558年(永禄元年)
生誕地 尾張国 宮後村
蜂須賀正勝
まつ
幼名 小六
蜂須賀彦右衛門、蓬庵(号)など
官名 従五位下、阿波守
近親など 子:蜂須賀至鎮など
ゆかりの地  阿波国 徳島城
略歴 ●小六の嫡男
1558年 (1歳)
尾張国の川並衆棟梁、蜂須賀正勝の子として生まれる。

1565年頃 (8歳)
父、蜂須賀正勝木下藤吉郎(豊臣秀吉)の与力となる。

1570年 (13歳)
姉川の戦で初陣。

●秀吉の与力
1580年 (23歳)
父に従い、羽柴(豊臣)秀吉の中国攻めに参陣。

1583年 (27歳)
賤ヶ岳の戦に参陣。

1584年 (28歳)
父、蜂須賀正勝播磨国龍野城となると、同じく播磨国佐用郡に3千石を拝領。

1585年 (29歳)
紀伊国の根来衆攻めに参陣。

●阿波徳島城
蜂須賀家が阿波国一国18万石を拝領することになったが、高齢な父、正勝に替わり家政が拝領。

渭津(いのつ)を徳島と改名し、徳島城を築城。

その後、領内に起こった一揆と対立。

1586年 (30歳)
父、蜂須賀正勝が大坂で死去。

1587年 (31歳)
九州攻めで功を立てる。

1590年 (34歳)
小田原城攻めで功を立てる。

1591年頃 (35歳)
領内の一揆を平定。

1592年 (36歳)
文禄の役で渡海。

1597年 (41歳)
慶長の役で渡海。

●隠居
1600年 (44歳)
関ヶ原の戦では西軍につくが、子の蜂須賀至鎮が東軍についたことから、戦後も阿波国を安堵される。

戦後、西軍についた責任をとり隠居の上高野山へ入り、子の蜂須賀至鎮に家督を譲る。

1614年 (58歳)
大坂冬の陣では、初め大坂方につこうとするが、当主、蜂須賀至鎮の説得により徳川方につく。

1615年 (59歳)
大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると、蜂須賀家は淡路国一国を加増され25万7千石に。

1638年 (81歳)
死没。
レクイエム 徳島城の竣工の際、工事に従事した町民たちが家政に酒を振舞われ、二日間に渡り踊り騒いだのが、阿波踊りの始まりだったと言われている。
死没 1638年(寛永15年)12月 (享年81歳)