主家、南部家に忠義を尽くした八戸家当主
八戸政栄はちのへ まさよし
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画像  
誕生 1543年(天文12年)
生誕地  
実父:新田行政、養父:八戸勝義
 
幼名  
元服名  
彦次郎
官名 薩摩守
近親など 弟:新田盛政
子:八戸直栄、八戸直政
ゆかりの地 GOOGLE MAP 陸奥国陸奥 新井田城
GOOGLE MAP 陸奥国陸奥 根城
GOOGLE MAP 陸奥国陸奥 三戸城
略歴
●新田家
1543年 1歳 陸奥国陸奥八戸家の分家で新井田城主、新田行政の子として生まれる
●本家へ
1548年 6歳 本家の八戸勝義が嗣子がないまま死没すると、八戸家の家督を相続し根城主に
●櫛引家との対立
1567年 25歳 実父、新田行政の葬儀の留守を、櫛引城主、櫛引清長からつかれるが、主家で三戸城主の南部晴政らが撃退
1568年 26歳 南部晴政九戸政実とともに安東愛季を攻め、鹿角郡を奪回し、南部家は最盛期を迎える
1570年 28歳 南部晴政に、嫡男鶴千代(南部晴継)が誕生
これを受け晴政が養子南部信直の廃嫡を図ったことから、嫡子争いが勃発。(屋裏の変)
1571年 29歳 櫛引清長の櫛引城を攻めて勝利
    南部晴政北信愛の和睦を仲介
●主家での家督争い
1582年 40歳 南部晴政が病没、南部晴継が家督を相続
南部晴継、父の葬儀後に病死(暗殺説もあり)
南部家の家督をめぐり、晴政の娘婿の九戸実親と、かつて嗣子となっていた南部信直とが対立
これを受けて政栄は、南部信直の家督を支持したことから勝利
その後、南部信直の重臣として貢献
1590年 52歳 南部信直に対し、豊臣秀吉小田原城攻めへの参陣を薦める
南部信直が出陣すると、三戸城の留守居を務める
1591年 53歳 九戸政実の乱
その後、眼を患い盲目に
1610年 72歳 死没
死没 1610年2月18日(慶長15年1月26日) (享年72歳)
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