蒲生騒動により大封を失った会津領主
蒲生秀行がもう ひでゆき
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画像  
誕生 1583年(天正11年)
生誕地 近江国
蒲生氏郷
相応院(織田信長の娘)
幼名 鶴千代
藤三郎、蒲生秀隆、羽柴秀隆、蒲生秀行、羽柴秀行
官名 飛騨守、従四位下、侍従
通称  
近親など 正妻:振姫(徳川家康の娘)
子:蒲生忠郷、蒲生忠知、依姫(崇法院・加藤忠広の正室)など
ゆかりの地  陸奥国岩代 会津若松城(鶴ヶ城)
GOOGLE MAP 下野国 宇都宮城
略歴
    ●蒲生家
1583年 1歳 近江国日野城主、蒲生氏郷の子として生まれる
1584年 2歳 父が羽柴(豊臣)秀吉に仕え、伊勢国松ヶ島城主に(12万石)
1588年 6歳 父が、松坂城を築城し居城に
病弱であったことから僧籍となり、京都南禅寺へ(時期不詳)
1590年 8歳 父が奥州仕置を経て陸奥国岩代黒川城(会津若松城)主に(約92万石)
    ●家督
1595年 13歳 父が急死したため、家督を相続
豊臣秀吉から羽柴姓を与えられる
●蒲生騒動
幼君に代わり執務を任された家老の蒲生郷安と、それを快く思わない重臣たちが対立、お家騒動に発展
1598年 16歳 豊臣秀吉の裁定を受け、下野国宇都宮12万石へ減封の上、転封(宇都宮城主)
    豊臣秀吉が死没
    徳川家康の娘、振姫と結婚
    ●返り咲き
1600年 18歳 関ヶ原の戦の際は宇都宮城にあって、会津の領主となっていた上杉景勝の抑え役を務める
1601年 19歳 再び会津若松城主に(約60万石)
1607年 25歳 徳川家康から松平姓を与えられる
1611年 29歳 会津地震
1612年 30歳 死没
レクイエム  
死没 1612年6月13日(慶長17年5月14日) (享年30歳)