駿河今川対尾張織田の三河をめぐる戦い
小豆坂の戦(第一次)
あずきざかのたたかい(だいいちじ)
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西暦 1542年
和暦 天文11年8月
略図
関連する場所  三河国 小豆坂の戦場
 三河国 岡崎城
 三河国 安祥城
概要 ●織田の侵略
尾張国で頭角を現してきた古渡城主、織田信秀は、三河国西部への侵略を開始、天文9年(1540年)には岡崎城松平広忠の支城、安祥城を攻めている。

●激突
松平広忠駿河国今川義元を頼っていたが、天文11年(1542年)義元率いる大軍が三河国に進出してきて、岡崎城のそば小豆坂で織田信秀軍と戦った。

寡兵の織田軍であったが開戦直後の突撃が功を奏し、今川・松平連合軍を一時混乱に陥れた。

しかし数に勝る連合軍は徐々に落ち着きを取り戻し、体勢を整え形勢を逆転させ、織田軍を総崩れ寸前にまで追い込んだ。

そこに横槍を入れて織田軍の危機を救ったのは、織田信秀の弟、織田信康や織田信光、織田信実、織田信次らであった。

連合軍は戦場を離脱、今川義元岡崎城に退却した。

●七本槍
この戦で特に功のあった武将たちは、後に小豆坂七本槍と称された。
その七人とは、織田信光、織田信房、岡田重能、佐々政次、佐々孫介、中野重吉、下方匡範。
その他