河越衆の筆頭として北条三代に仕えた
大道寺政繁だいどうじ まさしげ
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画像  
誕生 1533年(天文2年)
生誕地  
大道寺資親(異説あり)
北条為昌の娘
幼名 孫九郎
 
官名 駿河守
近親など 子:大道寺直繁、大道寺直次など
ゆかりの地  武蔵国 河越城
 信濃国 小諸城
 上野国 松井田城
略歴 ●北条家家老
1533年 (1歳)
北条氏の家老で鎌倉代官の大道寺資親の子として生まれる。

●河越衆
その後、河越衆の筆頭として活躍。

1559年 (27歳)
北条氏政が北条家の家督を継ぐ。

1569年 (37歳)
三増峠の戦に参陣。

●家督
1570年 (38歳)
父、大道寺重興の死により家督を相続。

1571年 (39歳)
主君、北条氏康死去。その子の北条氏政が北条家の家督を継ぐ。

北条家が上杉謙信との同盟を破棄し、武田信玄と結ぶ。

1573年 (41歳)
武田信玄死去。

1578年 (46歳)
上杉謙信死去。御館の乱後、北条家は武田家との同盟を破棄。

1580年 (48歳)
主君北条氏政が隠居し、子の北条氏直に家督を譲る。

1582年 (50歳)
本能寺の変

神流川の戦に参陣。

●松井田城
天正壬午の乱の際、上野国に侵攻し松井田城城主となり、その後信濃国小諸城代を兼ねる。

戦後の徳川家との和睦により信濃国から撤退。

和睦の結果、甲斐国信濃国は徳川領、上野国は北条領に。

これにより、北条家は、相模国伊豆国武蔵国下野国上野国下総国、合計240万石の領主に。

1584年 (52歳)
坂戸宿を開宿。

●籠城
1590年 (58歳)
豊臣秀吉小田原城攻めでは松井田城に籠城するが、上杉景勝前田利家ら北国勢、真田昌幸らの信濃勢の到来に、約1ヶ月の籠城の末4月20日に降伏、豊臣方として北条方の武蔵松山城鉢形城八王子城などの攻略に加担。

戦後は、豊臣秀吉から開戦の責任を咎められ河越で切腹。
レクイエム  
死没 1590年8月18日(慶長14年7月19日) (享年58歳)