北条家と結んで謙信や里見家と戦った
千葉胤富ちば たねとみ
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誕生 1527年2月15日(大永7年1月15日)
生誕地  
千葉昌胤
金田正信の娘
幼名 九郎
元服名 海上胤富
海上胤富、千葉胤富
官名 千葉介
近親など 兄:千葉利胤、臼井胤寿
子:千葉良胤、千葉邦胤など
ゆかりの地  下総国 森山城
 下総国 本佐倉城
略歴 ●千葉家の二男
1527年 (1歳)
下総国の名族、千葉昌胤の二男(三男とも)として生まれる。

1532年 (6歳)
父、千葉昌胤、北条氏綱の娘を正室として北条家と結ぶ。

1542年 (16歳)
海上家に養子として入り、森山城主に。

●父の死
1546年 (20歳)
父、千葉昌胤が死没。兄の千葉利胤が千葉家を相続。

河越夜戦

兄、千葉利胤が死没。利胤の子で甥の千葉親胤が千葉家を相続。

●宗家の家督
1557年 (31歳)
宗家の千葉親胤が、家中で幅を利かせる原胤清ら親北条派に不満を持ったことがきっかけで、北条家と対立。

宗家の千葉親胤、北条氏康に攻められ捕らえられる。

北条家の命により、胤富が宗家を相続し本佐倉城に入城、千葉胤富を名乗る。

1560年 (34歳)
越山してきた長尾景虎(上杉謙信)に古河公方、足利義氏が攻められると、北条氏康に従い援軍を送る。

1561年 (35歳)
里見家家臣の正木時茂に、支城の生実城臼井城を攻め取られる。

長尾景虎(上杉謙信)北条氏康小田原城を攻めると、北条家へ援軍を送る。
小田原城攻め(上杉謙信)

その後、近衛前久の仲介を受け長尾景虎(上杉謙信)と一旦和睦し、鶴岡八幡宮で景虎の関東管領就任式に出席、諸将首座を小山高朝と争う。

その後すぐに上杉輝虎(謙信)と敵対し、再び北条家と結ぶ。

1562年 (36歳)
北条家の援軍を受け、生実城臼井城を奪還。

1564年 (38歳)
第二次国府台合戦で、北条家が里見家に大勝。

●臼井城の戦
1566年 (40歳)
上杉輝虎(謙信)臼井城生実城を攻められるが、北条家の援軍を受け大勝。(臼井城の戦)

1569年 (43歳)
武田家に攻められていた駿河国の今川家の救援へ、北条氏康の援軍要請を受けて向かうが、途中で北条家、武田家が和睦したため引き返す。

武田信玄小田原城を攻めると、北条氏康に援軍を派遣。
小田原城攻め(武田信玄)

1579年 (53歳)
死没。
死没 1579年5月29日(天正7年5月4日) (享年53歳)
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