武田三代に仕えた不死身の戦士
馬場信春ばば のぶはる
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誕生 1514年(永正11年)
生誕地  
教来石信保
 
幼名  
教来石景政、馬場信房、馬場信春など 
通称 馬場民部、鬼美濃
官名 民部少輔、美濃守
近親など 子:馬場昌房など
ゆかりの地  信濃国 松本城(深志城)
 信濃国 牧之島城
 駿河国 田中城
 遠江国 小山城
 遠江国 諏訪原城
略歴 ●武田への随身
甲斐国守護武田信虎の家臣であり、教来石景政と名乗っていた。

1531年 (18歳)
初陣。

●馬場姓
その後頭角をあらわし、武田家譜代の馬場姓を賜り、馬場信房と名乗る。

1541年 (28歳)
武田晴信(信玄)の、父武田信虎追放に参画。

1550年 (37歳)
深志(松本)城の城代に。

1555年 (42歳)
武田信玄信濃国のほとんどを平定。

1562年 (49歳)
信濃国牧之島城を築城し、守将に。

●美濃守
1564年 (51歳)
美濃守となり、馬場信春と名乗る。

1568年 (55歳)
駿府攻めに参陣。

1569年 (56歳)
小田原城攻め(武田信玄)三増峠の戦に従軍。

1570年 (57歳)
駿河国田中城(徳之一色城)を改修。

1571年 (58歳)
この頃、三河国古宮城を築城。

遠江国小山城を築城。

1572年 (59歳)
信玄の上洛戦に従軍し、三方ヶ原の戦で先鋒として活躍。

●勝頼の筆頭家老
1573年 (60歳)
信玄の病死により、子の武田勝頼に仕え、筆頭家老に。

遠江国諏訪原城を築城。

1575年 (62歳)
長篠の戦では武田勝頼に撤退を主張したが容れられず、敗戦後、殿(しんがり)をつとめ討ち死に。
死没 1575年(天正3年)5月 (享年62歳)
レクイエム 武田家三代に仕え、歴戦を経ても傷ひとつない体に不死身の男と称された名将。

山本勘助から習ったことから築城の名手ともなった。

駿河国の今川攻めを行った際、今川家の家宝が焼失してしまうのを惜しんだ信玄が財宝を運び出すよう命じたが、それでは後々盗賊のそしりを受けかねないと、運び出した財宝を火中に放り込んでしまった。あとでそれを聞いた信玄から賞賛された。

武田二十四将のひとり。信玄・勝頼時代の武田四天王のひとり。