守護家をしのいで北近江に君臨した
浅井亮政あざい すけまさ
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誕生 1491年(延徳3年)
生誕地 近江国
実父:浅井直種、養父:浅井直政
赤尾教政の娘
新三郎(幼名)、浅井勝政、亮政、休外宗護
官名 備前守
近親など 正室:蔵屋(浅井直政の娘)
子:浅井久政など
ゆかりの地  近江国 小谷城
略歴
●北近江
1491年 1歳 近江国北部の国人、浅井家の庶流である浅井直種の子として生まれる
●本家
その後、浅井直政の婿養子に
その後、本家の家督を相続
1517年頃 27歳 この頃、主家で北近江の守護、京極高清と不仲に
1523年 33歳 京極氏での家督争いが起こると、尾上城主の浅見貞則を盟主として京極高延に味方し、守護の京極高清、守護代の上坂信光が籠もる今浜城を襲って勝利。(今浜城の戦)
その後、守護代となった浅見貞則が京極家の実権を掌握し、専横を揮うように
●小谷城
1524年 34歳 小谷城を築城し居城に
国人を糾合し浅見貞則を攻めて追う。これにより北近江の実権を掌握
●六角との対立
1525年 35歳 浅井亮政の台頭に危機感を覚えた南近江の守護、六角定頼と対立
越前国の朝倉氏に救援を求め朝倉宗滴の調停を受けるが、六角定頼小谷城を攻められ敗北、開城し、京極高清とともに一時美濃国へ逃れる。(小谷城の戦)
その後小谷城に復帰
1528年 38歳 上坂信光が京極高慶を擁して敵対、内保河原で戦うが勝利。(内保河原の戦)
1531年 41歳 箕浦河原の戦で六角勢に敗北
1534年 44歳 京極高清を小谷城に招き饗応、和睦
1535年 45歳 海津の戦で六角定頼に敗北
1538年 48歳 鎌刃城の戦で六角定頼に敗北、その際佐和山城を失う
国友河原の戦で六角定頼に敗北、小谷城に立て篭もる
京極高清が死没すると、その子、京極高延を擁立
1540年 50歳 養父、浅井直種が死没
1541年 51歳 京極高延と不仲に
1542年 52歳 死没
レクイエム 一国人の立場から北近江の盟主となり浅井三代の基礎を作ったものの、鎌倉以来の名家である六角氏を凌ぐには余りに力の差があり過ぎた。
死没 1542年1月21日(天文11年1月6日) (享年52歳)