三成嫌いの武断派で浅野長政の子
浅野幸長あさの よしなが
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誕生 1576年(天正4年)
生誕地 近江国 坂本
浅野長政
浅野長勝の娘
長満(幼名)、浅野長継、長慶、幸長
官名 従五位下、左京大夫、従四位下、紀伊守など
近親など 正妻:池田恒興の娘
子:春姫、花姫
弟:浅野長晟、浅野長重
ゆかりの地  甲斐国 甲府城
 紀伊国 和歌山城
略歴
●浅野長政の子
1576年 1歳 羽柴(豊臣)秀吉の相婿で家臣の、浅野長政の嫡男として生まれる
1590年 15歳 小田原城攻めで初陣
1592年 17歳 朝鮮への侵攻(文禄の役)にも従軍
●甲斐
1593年 18歳 父、浅野長政甲斐国府中を拝領したことから、甲斐国に移る
1595年 20歳 秀次事件に連座し能登へ配流
その後、前田利家の取り成しで許される
1597年 22歳 慶長の役(第二次朝鮮出兵)へ参陣
1599年 24歳 前田利家死後、福島正則らと石田三成暗殺を計画するが、家康に一喝され断念
1600年 25歳 関ヶ原の戦では東軍につき、岐阜城の攻略や、南宮山の毛利秀元らを牽制するなど貢献
●紀伊
その功により、戦後は紀伊国和歌山37万6千石を拝領し、和歌山城主に
1611年 36歳 加藤清正と協力し、家康と豊臣秀頼二条城での対面を仲介
1613年 38歳 病死
レクイエム 徳川幕府の功臣ではあるが、豊臣恩顧の大名としてあくまでも豊臣の繁栄を願っていたひとりであり、それが原因で幕府に暗殺されたという説もある。

死後、男子がいなかったため、跡目をめぐって弟の浅野長晟、浅野長重が対立し、長晟が勝利した。
死没 1613年10月9日(慶長18年8月25日) (享年38歳)