家康が最も信頼した側室
阿茶局あちゃのつぼね
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誕生 1555年3月16日(広治元年2月13日)
生誕地 甲斐国甲府
飯田直政
 
飯田須和、神尾須和、阿茶局、雲光院、一位局、一位尼
官名 従一位、民部卿
近親など 夫:神尾忠重、後に徳川家康(側室)
子:神尾守世、神尾守繁
養子:神尾元勝、高源院 (鍋島勝茂の正室)
ゆかりの地  遠江国 浜松城
 武蔵国 江戸城
 駿河国 駿府城
GOOGLE MAP 武蔵国 雲光院(墓所)
略歴
●甲斐
1555年 1歳 武田家家臣、飯田直政の子として甲斐国に生まれる
1573年 19歳 一条信龍の家臣、神尾忠重に嫁ぐ
1574年 20歳 神尾守世を出産
1577年 23歳 夫、神尾忠重が死没
●家康
1579年 25歳 徳川家康の側室に迎えられ、浜松城へ。(異説あり)
1584年 30歳 小牧・長久手の戦に随行した際、懐妊するも、のちに流産
1589年 35歳 西郷局の死去にともない、 家康の嫡男、竹千代(徳川秀忠)や於次(松平忠吉)の養育を任せられ、奥を取り仕切るように
その後、初子の神尾守世が秀忠の家臣に
1590年 36歳 徳川家康に伴い江戸城へ移る
1600年 46歳 関ヶ原の戦
1603年 49歳 徳川家康が征夷大将軍に
1614年 60歳 大坂冬の陣では、豊臣方の常高院(初)大蔵卿局との交渉役となり、和議を成立させる
1615年 61歳 大坂夏の陣
1616年 62歳 徳川家康が死没すると、剃髪はせず雲光院と号す
●従一位
1620年 66歳 和子の入内では守役を務める
後水尾天皇より、従一位を与えられる
1637年 83歳 死没
レクイエム  
死没 1637年2月16日(寛永14年1月22日) (享年83歳)