水戸徳川家の祖で水戸黄門の父
徳川頼房とくがわ よりふさ
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誕生 1603年9月15日(慶長8年8月10日)
生誕地 京都伏見城
先祖など   
徳川家康
実母:養珠院(お万の方)、養母:英勝院(おかち・お梶)
鶴千代丸、松平頼房、徳川頼房、水戸頼房
官名 正五位下 従四位下、左衛門督、右少将、正四位下、参議、左近衛権少将、左近衛権中将如元、従三位、権中納言、正三位
藩職 常陸国下妻藩主、常陸国水戸藩主
幕職  
近親など 兄:松平信康結城秀康徳川秀忠松平忠吉、松平信吉、松平忠輝、松千代、仙千代、徳川義直、徳川頼宣
正室:なし
側室:久昌院、佐々木氏、藤原氏など
子:松平頼重、徳川光圀、松平頼元、松平頼隆、松平頼利、松平頼雄、松平頼泰、松平頼以、松平房時、鈴木重義、大姫(徳川家光の養女)など
ゆかりの地 GOOGLE MAP 常陸国 下妻城
GOOGLE MAP 常陸国 水戸城
略歴
●京都
1603年 1歳 徳川家康の十男として、京都伏見城にて生まれる
●城主
1606年  4歳  常陸国下妻藩主に(10万石)
1609年 7歳 常陸国水戸藩主に(25万石)。ただし幼少だったことから、駿府城の父、徳川家康の元で養育される
1610年 8歳 家康の側室、英勝院(おかち)の養子に
●元服
1611年 9歳 元服し、松平頼房と名乗る
1614年 13歳 大坂冬の陣では、駿府城を守備
1616年 14歳 父、徳川家康が死没
●水戸
1619年 17歳 自領の水戸へ移る
すぐに江戸へ移る
1625年 23歳 再び水戸へ移り、水戸城や城下の整備に注力
1626年 24歳 甥で次期将軍の徳川家光に随行し上洛、従三位、権中納言に
1627年 25歳 正三位に
1632年 30歳 兄で将軍の徳川秀忠が死没
2代将軍となった徳川家光から頼られ、江戸城に常駐するように
    ●徳川姓
1636年 34歳  初めて徳川姓を許される 
(中略)
1661年 59歳 水戸城にて死没
死没 1561年8月23日(寛文元年7月29日) (享年59歳)
レクイエム 徳川姓を許されたのは甥で将軍となった徳川家光の時代で、34歳となってからである。
理由は、家康や秀忠から「天下を標榜する危険人物」とみなされていた為と言われる。

兄弟との仲が良くなかった家光に兄弟同然と頼られたことから、水戸家当主は江戸にて将軍の側に常にあり(定府)、天下の副将軍と称するようになった。