「好色一代男」を生んだ難波の元俳諧師
井原西鶴いはら さいかく
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誕生 1642年頃(寛永19年頃)
生誕地 摂津国 難波
先祖など  
 
 
平山藤五(通説)、鶴永、松寿軒、二万翁、西鵬、井原西鶴、阿蘭陀(オランダ)西鶴
官名  
藩職  
幕職  
近親など 妻:あり
子:3人
ゆかりの地 GOOGLE MAP 摂津国 誓願寺(墓所)
略歴
●難波の俳諧師
1642年頃 1歳 大坂難波に生まれる(出自は不詳)
1656年 15歳 この頃、各地を放浪しながら談林派の代表俳諧師に
    斬新な作風から、正統派からは阿蘭陀流と揶揄される
1662年 21歳 俳諧の点者(師匠)に 
1671年頃 30歳 西山宗因の弟子となり、西鶴と名乗る
    ●矢数俳諧
1673年 32歳  生國魂神社の南坊で、万句俳諧を興行(刊行:生玉万句)
1675年 34歳 妻が死没すると、1000句の追討興行を催す(刊行:誹諧独吟一日千句)
剃髪
1677年 36歳 生國魂神社で、一昼夜1600句の独吟興行を催す(刊行:俳諧大句数)
1680年 39歳 生國魂神社で、一昼夜4000句の独吟興行を催す(刊行:西鶴大矢数)
    ●浮世草子作家
1682年 41歳  浮世草子「好色一代男」を出版し、大流行
1683年 42歳  役者評判記「難波の貌は伊勢の白粉」を出版
1684年 43歳 住吉神社前で、一昼夜23,500句の独吟興行を催す
その後、二万翁と名乗る
浮世草子「諸艶大鑑」(好色二代男)を出版
    ●人形浄瑠璃作家
1685年 46歳 浄瑠璃太夫、宇治加賀掾の求めに応じ、浄瑠璃「暦」を作成
    浄瑠璃太夫、宇治加賀掾の求めに応じ、浄瑠璃「凱陣八島」を作成
    浮世草子「西鶴諸国ばなし」を出版
1686年 45歳 浮世草子「好色一代女」を出版
    浮世草子「本朝二十不幸」を出版
1687年 46歳 浮世草子「男色大鑑」を出版
1688年 47歳 浮世草子「色里三所世帯」を出版
浮世草子「好色盛衰記」を出版
    浮世草子「日本永代蔵」を出版
1692年 51歳 浮世草子「世間胸算用」を出版
1693年 52歳 死没
死没 1693年9月9日(元禄6年8月10日) (享年52歳)
レクイエム 没後、弟子の北条団水らが遺構を整理し、「西鶴織留」や「西鶴置土産」が刊行された。