島原の乱で一揆勢の総大将に選ばれた
天草四郎あまくさ しろう
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誕生 1621年(元和7年)
生誕地 大矢野島(天草諸島)(宇土説、長崎説有り)
先祖など   
益田好次
千束善右衛門の妹?(マルタ(洗礼名))
益田四郎、時貞、ジェロニモ(洗礼名)、フランシスコ(洗礼名)
官名  
藩職  
幕職  
近親など 姉:福(洗礼名レイシナ)、リオナ(洗礼名)
妹:曼(洗礼名マルイナ)
ゆかりの地 GOOGLE MAP 肥前国 原城
略歴
●天草
1621年 1歳 小西行長の元家臣で、宇土の百姓となっていた益田好次の長男として、母の実家、天草諸島の大矢野島で生まれる(場所は異説あり)
幼い頃より学問に親しむ
(中略)
1637年 17歳 島原の乱では、救世主として一揆勢3万7千の総大将に
原城に90日間籠城するが、幕府軍12万に攻められ落城、肥後熊本藩士、陣佐左衛門に討たれる
死没 1638年4月12日(寛永15年2月28日) (享年17歳)
レクイエム 豊臣秀頼の落胤説がある。また、盲目の少女を治した、海の上を歩いたなどの奇跡を起こしたともいわれるなど、伝説的な逸話が多いが信ぴょう性については低いといわれる。