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日蓮にちれんcompany

安房生まれの僧で、日蓮宗の開祖です。比叡山や高野山などで学び、33歳で鎌倉に来てからは松葉ヶ谷に草庵を結びました。
得度を積み「世界の人々が平和に暮らすには法華経の教えに従うほかはない」と確信、立正安国論を表し鎌倉幕府を批判したことや、他宗への批判をしたことから死罪を申し渡されますが直前に佐渡島への流罪に減刑されました。
データ
画像
生誕 1222年3月30日(貞応元年2月16日)
死没 1282年11月14日(弘安5年10月13日)
享年 61歳
ゆかりの地 日蓮辻説法跡、日蓮乞水妙法寺安国論寺妙本寺常栄寺龍口寺など
通称・官位 善日麿(幼名)、蓮長、日蓮上人、日蓮聖人、日蓮大菩薩、立正大師
三国大夫
梅菊
近親者 弟子:日昭、日朗、日興、日向、日頂、日持など
略歴 
1222年 1歳 安房国小湊にて生まれる
1233年 12歳 安房国清澄寺に入門し、道善に師事
1238年 17歳 出家し、蓮長と名乗る
1242年 21歳 比叡山に遊学
1246年 25歳 三井寺に遊学
1248年 27歳 薬師寺、高野山、仁和寺に遊学
1250年 29歳 天王寺、東寺に遊学
1253年 32歳 清澄寺に戻る
世界の人々が平和に暮らすには法華経の教えに従うほかはないと確信、初の説法で、題目、南無妙法蓮華経を唱える
日蓮と改名
1254年 33歳 鎌倉に入り、布教を開始
1257年 36歳 正嘉大地震
1260年 39歳 立正安国論を表し、幕府の執権、北条時頼に送り、政道を批判(安国論建白)
幕府の命により、松葉ヶ谷の草庵を焼き討ちされる(松葉ヶ谷の法難)
1261年 40歳 伊豆国伊東へ流罪に(伊豆法難)
1263年 42歳 赦免され安房国へ戻る
1264年 43歳 安房国小松原にて、念仏信仰者の東条景信に襲われ負傷、
弟子二名が落命(小松原法難)
1268年 47歳 蒙古の侵攻が迫ったため、幕府に他宗教との公場対決を要求
1271年 50歳 幕府や他宗への批判をしたことから捕らえられ、龍ノ口の処刑場へ送られるが、直前に処刑を免れる(龍ノ口法難)
佐渡国へ流罪に
1274年 53歳 赦免され鎌倉へ戻る
幕府から問われ、蒙古襲来は今年あたりと予言
甲斐国の波木井実長から身延山を寄進され、久遠寺を開山
蒙古襲来(文永の役)。(予言が的中)
1281年 60歳 二度目の蒙古襲来(弘安の役)
1282年 61歳 武蔵国、池上宗仲の邸にて死没
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