家康が築いた琵琶湖南岸の浮き城
膳所城ぜぜじょう
場所 滋賀県大津市本丸町7-10
旧国郡名 近江国 滋賀郡
別名 石鹿城、望湖城
種別 平城
築城時期 1601年(慶長6年)
築城背景 関ヶ原の戦に勝利した徳川家康が、大津城に替わる城として天下普請によって築城、縄張りは藤堂高虎が務めた
名城  
主な城主 戸田一西、戸田氏鉄、本多康俊、菅沼氏、本多氏
天守 4重4階天守(非現存)
主な遺構 石垣、移築門(膳所神社など)
主な再建物 模擬門
交通 京阪石山坂本線 膳所本町駅 徒歩7分
駐車場 なし
徒歩・登山 駅〜7分歩く〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩7分

模擬門

本丸跡の城址碑

琵琶湖と近江大橋
noimage
構成 琵琶湖南部(湖南)、大津城の約半里東の膳所の地に築かれた水城。

4重天守を西北隅にあげた本丸と、そのすぐ南の出丸、本丸に続く二の丸が琵琶湖に突出した、文字通りの浮き城で、さらに北の丸や新築出などの曲輪も琵琶湖に面して築かれた。

これら主郭の西側の陸地には侍屋敷などが建ち並ぶ三の丸が広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 膳所公園として整備されており石垣が残されているほか、多くの城門が近くの膳所神社や篠津神社を初めとする神社に移築され残っている。

大津城坂本城、瀬田城と並ぶ琵琶湖の浮城のひとつ。

また松江城高島城と並ぶ日本三大湖城としても知られる。
略歴
1601年 徳川家康が、大津城に替わる城として天下普請によって築城
戸田一西が城主に(3万石)(初代膳所藩主)
1603年 戸田一西が死没、子の戸田氏鉄が城主に
1616年 戸田氏鉄、摂津国尼崎(5万石)へ加増転封
本多康俊が城主に(3万石)
(後略)