武田勝頼の素肌攻めで落城した
膳城ぜんじょう
場所 群馬県前橋市粕川町膳89
旧国郡名 上野国 那波郡
別名  
種別 平山城
築城時期 15世紀中頃
築城背景 粕川村の領主、膳家が居城として築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 膳家、桐生家、由良家、北条家、木戸忠朝(上杉家城代)、河田備前守
天守  
主な遺構 土塁、空堀、物見台、土橋、馬出
主な再建物  
交通 上毛電鉄上毛線 膳駅 徒歩約11分
駐車場 民俗資料館の無料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

城址碑

内堀

空堀

空堀跡 
構成 上野国の東部、赤城山の南約3里ほどにある丘陵に築かれた平山城。

城域は兎川と童子川の合流地点に築かれ、東西300m、南北550mほどに広がっていた。

本丸、二の丸、馬出曲輪、南曲輪を主郭とし、さらには北曲輪、西曲輪、東曲輪、そして南東隅に追手曲輪などを並べ、空堀で隔てた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸や二の丸部分は城跡公園として整備されており、堀底道は一部コンクリートで舗装され見学しやすい。

北曲輪には粕川出土文化財管理センターが建てられており、その西隣にあるのが粕川歴史民俗資料館で、この場所は外曲輪にあたる。

南方の南曲輪や西曲輪、追手曲輪は住宅地や畑地となっている。
略歴
1450年頃 膳家が築城
1455年 赤堀家に攻められ、城主、膳信濃入道は城を追われる
1480年頃 唐沢山城主、佐野家に攻められ落城
1488 城主、膳三河守、金山城主の横瀬(由良)成繁の援助を受け城を取り戻す。これによりその後は由良家の配下に
  (中略)
1562年 長尾景虎(上杉謙信)が関東に侵出してきたことから、主家横瀬(由良)成繁とともに長尾家に寝返る
1566年 主家由良成繁が長尾家から離反、北条家に寝返る。その際、主家とともに膳家も北条家に寝返る。(推定)
1572年 城主、膳宗次、上杉方の小俣城攻めの際討ち死に。子の膳春松丸が家督を相続
  北条家に攻められ落城、膳春松は厩橋へ逃走
1574年 上杉家が城を占拠し、木戸忠朝が城代に
1578年 上杉謙信の死去により、再び北条家が支配、河田備前守が城主に
  上杉家の後継争い(御館の乱)で長尾顕景(上杉景勝)に味方した武田勝頼が、厩橋城(前橋城)を攻略、上野国東部を制圧
  平服で視察中の武田勝頼に城側が攻撃を仕掛けたことをきっかけに戦闘となり、武田軍に攻め落とされ(素肌攻め)、廃城