総延長2.5kmの外濠の中の弥生時代の環濠集落
吉野ヶ里よしのがり
場所 佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手1843
旧国郡名 肥前国 佐賀郡
別名  
種別 環濠集落
築城時期 弥生時代(紀元前5世紀〜紀元後3世紀頃)
築城背景 稲作が始まり、それまでの採集や狩猟による生活から定住文化へ変換する過程で誕生
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主  
天守  
主な遺構  
主な再建物 模擬櫓、復元環濠、復元土塁、復元柵、復元住居など
交通 JR長崎本線 吉野ヶ里公園駅 徒歩約15分
駐車場 有料駐車場(東口駐車場・西口駐車場・北側の臨時駐車場)
徒歩・登山 東口駐車場〜5分〜南内郭
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

櫓と土塁上の木柵

環濠

南内郭

二重環濠と土塁
構成 肥前国東部、脊振山地の南麓から佐賀平野へ向かう段丘上に築かれた環濠集落。

弥生時代の前期に小規模農村の周囲に環濠を巡らせた集落が誕生、弥生時代の中期には南部の丘陵、約20haの集落として広がった。

さらに弥生時代後期には北方へと範囲を広げ、周囲の総延長約2.5kmの二重の環濠と土塁で囲んだ約40haの大規模集落へ発展した。

支配者の住居や集会・祭典のための館、見張りのための高櫓などは、内郭と呼ばれる周囲を土塁と柵で囲んだ曲輪内に建てられ、一般の住宅はその外に広がるムラに建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 総面積約50hと広大な吉野ヶ里歴史公園(国営)として整備されている。

弥生時代後期後半(紀元3世紀頃)が想定時期となっており、発掘調査の結果などをもとに、環濠、土塁、木柵、物見櫓、各種住居などが復元されている。
略歴
紀元前5世紀頃 小規模農村の周囲に環濠を巡らせた集落が誕生
紀元前2世紀頃 約20haの集落に発展
紀元前1世紀頃 周囲を二重の環濠と土塁で囲んだ約40haの大規模集落へ発展
(後略)