横手盆地を見下ろす小野寺家の居城
横手城よこてじょう
場所 秋田県横手市城山町29
旧国郡名 出羽国羽後 平鹿郡
別名 朝倉城、阿櫻城
種別 平山城
築城時期 1300年頃(正安2年頃)
築城背景 稲庭に本拠を持つ小野寺道有が築城(異説あり)
名城 私の500名城
主な城主 小野寺家、横手家、戸村家
天守 なし
主な遺構 土塁
主な再建物 模擬天守、模擬石垣
交通 JR奥羽本線 横手駅 徒歩約30分
駐車場 模擬天守下に無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩2分〜模擬天守
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

3重4階の複合式模擬天守

模擬天守から望む横手盆地
構成 横手盆地を北に見下ろす、標高121mの愛宕山に築かれた平山城。

主郭は南側の本丸、北側の二の丸からなり、主郭の北から東にかけて馬場や重臣の屋敷のある曲輪がいくつか配された。

西から南側は横手川の削った断崖で、東には牛沼があって天然の堀となっていたほか、北にも明永沼があり、外堀の役目を担った。
縄張図
または
現地
案内図
現状 横手公園として整備されているが、遺構は土塁が残る程度。

本丸跡は秋田神社となっており、二の丸跡には模擬天守が建てられ、町のシンボルになっている。模擬天守は資料館となっている。天守台の石垣も遺構ではない。
略歴
1300年頃 稲庭に本拠を持つ小野寺道有が築城(異説あり)
(中略)
1467年頃 小野寺家の家老、横手道前が居城に
(中略)
1552年 城主、横手光盛、主家の小野寺雅道に謀反を起こし自害させ、実権を掌握
1555年 城主、横手光盛、小野寺雅道の子、小野寺輝道に攻められ討ち死に
1577年 小野寺輝道、居城を沼館城から横手城に移す
1590年 城主、小野寺義道豊臣秀吉小田原城攻めに参陣し、戦後、所領を安堵されるが、その後仙北一揆が起こる
1600年 関ヶ原の戦の際、小野寺義道上杉景勝と結ぶが、西軍が敗北すると孤立、最上義光らに攻められ降伏
1601年 小野寺家が改易。最上家領となり、重臣の鮭延典膳が入城
1602年 秋田21万石へ転封された佐竹義宣の領地となり、家臣、茂木家が城代に
1622年 宇都宮釣天井事件で失脚した本多正純が流されてくる
1637年 本多正純、死没
(後略)