直江兼続と妻お船の山城
与板城よいたじょう
場所 新潟県長岡市与板町与板933(登城口)
旧国郡名 越後国 三島郡
別名 直江城
種別 山城
築城時期 1573年頃(天正元年頃)
築城背景 長尾景虎(上杉謙信)の家臣、直江景綱が、それまでの本与板城に替わる居城として築城。(移転の理由は不明)
名城 私の500名城
主な城主 直江景綱、直江信綱、直江兼続
天守 なし
主な遺構 空堀、土塁
主な再建物  
交通 JR越後線 小島谷駅 約10q
駐車場 麓の八坂神社や法立寺の北、約150mの場所に無料駐車場あり
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜登山口〜登る15分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登15分

与板城遠望

本丸の土塁

本丸と二の丸を隔てる堀切

大空堀(池の跡?)

おせん清水
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構成 越後国中部、信濃川支流、黒川の流れる平野を見下ろす標高104mの山(城山)に築かれた山城。

山頂部の実城(本丸)を中心に、南に向かう尾根上に二の郭、三の郭を並べ、その尾根から派生する2本の尾根に大小の曲輪を階段状に配した、連郭式+梯郭式の縄張り。
各曲輪は堀切によって隔てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、実城(本丸)には稲荷神社が鎮座し、土塁の一部が残っているほか、直江兼続が植えたといわれる杉「城の一本杉」が残る。

曲輪を隔てる堀切や大堀(池の跡?)などの遺構がよく残り、説明板も各所に建てられている。

登城は北東の八坂神社からと、北の大手口からの2ルートがあり、八坂神社からのルートを行くと、直江兼続の賢妻、お船の方がお茶の水として使用したといわれる「おせん清水」が残っている。
略歴
1573年頃 長尾景虎(上杉謙信)の家臣、直江景綱が、それまでの与板城(本与板城)に替わる居城として築城
1577年 城主、直江景綱が死没。婿養子の直江信綱が城主に
1578年 上杉謙信死没後の御館の乱では上杉景勝につき勝利
1581年 御館の乱の恩賞に関するトラブルから、城主、直江信綱が毛利秀元に殺害される
樋口(直江)兼続、未亡人となった船と結婚し、直江家を継ぐ
1598年 上杉家が陸奥国岩代会津へ移封となったことから廃城