淀藩3万5千石を領した松平家が築城
淀城よどじょう
場所 京都府京都市伏見区淀本町167
旧国郡名 山城国 紀伊郡
別名 てん城、新淀城
種別 平城
築城時期 1623年(元和9年)
築城背景 淀藩3万5千石を拝領した松平定綱が築城
名城 私の500名城
主な城主 松平定綱、永井氏、石川氏、戸田氏、松平氏、稲葉氏、
天守 5重5階望楼型天守(非現存)
主な遺構 石垣、天守台、堀
主な再建物  
交通 京阪本線 淀駅 徒歩約4分
駐車場 なし
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

本丸の石垣と内堀

天守台の石垣(上)

石垣
 

淀藩稲葉氏の祖、稲葉正成を
祭神とする稲葉神社
構成 山城国南部、京都盆地を流れる桂川、宇治川、木津川が合流し淀川となる地点を、干拓した上で築かれた平城。

3代将軍の徳川家光の命により築城された。

当地は古くから交通の要所であり、戦国時代までは近く(1kmほど北)に城(淀古城)があったが、城主、木村重茲が秀次事件の連座により切腹してのち、廃城となっていた。

主郭は本丸と二の丸を並べて周囲を内堀で囲み、その周囲には三の丸や西の丸を配して帯曲輪で連結し、さらにその外側も水堀で囲み、その東側には大きな馬出しである東曲輪が、南側には寸崎御茶屋や内高島などの曲輪が置かれた。

本丸南西隅の天守台には5重5階の望楼型天守があげられ、本丸にはそのほかに4基の3重櫓を含む15基の櫓が建てられた。

二の丸には8基、三の丸には9基の櫓が建てられた。

城の西側(寸崎御茶屋)と北側(西の丸)に、16mの巨大な水車が建てられ、場内へ水を引き込んでいた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部分は淀城址公園となっており、石垣や天守台石垣、水堀などの遺構が残っている。

また、最後の藩主である稲葉氏の祖、稲葉正成を祭神とする稲葉神社が建てられている。

その他の城地は市街化されており、面影を偲ぶことは難しい。
略歴
1623年 松平定綱が築城
(中略)
1868年 鳥羽・伏見の戦が起こると、城は朝敵となった旧幕府軍に敵対、これにより旧幕府軍は京都に置ける拠点を失う
1871年 廃藩置県により廃城