大地震で被災した麦島城に替わる平城
八代城やつしろじょう
場所 熊本県八代市松江城町7
旧国郡名 肥後国 八代郡
別名 松江城、白鷺城、白石城、不夜城、不知火城
種別 平城
築城時期 1622年(元和8年)
築城背景 1619年の大地震で被災した麦島城に替わる城として、二代目熊本藩主、加藤忠広が家臣の加藤正方に命じて築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 加藤家、細川家、松井家
天守 4重5階大天守、2重3階小天守(連結式)(非現存)
主な遺構 天守台、石垣、堀、庭園、移築門
主な再建物  
交通 鹿児島本線 八代駅 徒歩約30分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 城南の有料駐車場〜歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

天守台(左奥)と内堀

本丸表玄関と欄干橋

本丸表玄関の枡形虎口

本丸北の埋み門

廊下橋(左奥)と天守台
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構成 肥後国西部、八代の球磨川河口右岸の平地に築かれた、総石垣の近世平城。

一国一城令が出されたあとも、特例として熊本藩に許された2つ目の城。

内堀に囲まれた本丸を中心に、東から東南に二の丸を、西から南西に三の丸を、北西に北の丸を、北には出丸を配した。

主郭の周囲の城下町も取り込んだ総構えで、南を流れる前川(球磨川)も天然の外堀として機能した。

本丸の北西隅の天守台には、高さ11mの4重5階の大天守と、渡り廊下で結んだ高さ9.7mの2重3階の小天守があげられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 麦島城、古麓城とともに「八代城跡群」として国史跡に指定されている。

本丸部分の保存状態は良く、八代城跡公園となっており、石垣や内堀などの遺構が残る。
また、総構の石垣の一部も、堤防下の地中に保存されている。

二の丸以下はほとんどが市街化されている。
略歴
1619年 加藤忠広の命により加藤正方が築城
  (中略)
1632年 加藤家が改易処分に
細川忠利が熊本藩主(54万石)となると、父の細川忠興が北の丸を隠居所に
1646年 細川家筆頭家老、松井興長が城主に
(後略)