古の蘇鉄が残る匂坂家の山城
社山城やしろやまじょう
場所 静岡県磐田市社山472付近
旧国郡名 遠江国 豊田郡
別名 水巻城
種別 山城
築城時期 985年頃(寛和元年)(推定)
築城背景 藤原友実の子、十郎則実が築城、鷺坂(匂坂)氏を名乗った(推定)
名城 私の500名城
主な城主 匂坂家、斯波義雄、菅沼家、徳川家、武田家
天守 不明
主な遺構 堀切、土橋、土塁
主な再建物  
交通 遠州鉄道 天竜浜名湖線 敷地駅 徒歩約30分
駐車場 駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜登7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登7分

四の郭と一の郭の間の堀切と土橋

堀切(現在は木橋が架けられている)

城主、匂坂共長が植えたと伝わる蘇鉄

一の郭(本丸)に建つ八幡社

一の郭(本丸)と二の郭を区切る堀切(右)
 noimage
構成 遠江国の中央部、天竜川を西に見下ろす、磐田原台地にある標高約130mの社山に築かれた山城。

山頂部に南北に長い一の郭(本丸)を置き、東へ下る尾根に二の郭、三の郭を、北へへ下る尾根に四の郭を置いて、それらを堀切によって区切った。

各郭の周囲にはたくさんの帯曲輪が置かれていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城山城跡として整備されており、北尾根の四の郭の下まで車で登って行ける。

四の郭と一の郭を断ち切る堀切には木橋が架けられているので、難なく一の郭へ向かうことができる。

一の郭には土塁が残り、鳥居を伴う古い社が建っている。また、匂坂家四代、共長が植えたと伝わる3本の蘇鉄のうち1本が残っている。
略歴
985年頃 藤原友実の子、十郎則実が築城、鷺坂(匂坂)氏を名乗る(推定)
(中略)
1500年頃 今川家と抗争を続けていた遠江国守護、斯波義寛が、弟の義雄を社山城に送り込む
1501年 今川氏親に攻められ、 斯波義雄が退城
1532年 城主、 匂坂長能は匂坂城を築いて移り、替わって菅沼定平が城主に
1560年 桶狭間の戦今川義元が討ち死に
1568年頃 徳川家康の支配下に
1572年 武田信玄上洛戦を開始
  武田信玄二俣城を攻略。その後、社山城は武田家の支配下に
  三方ヶ原の戦で、徳川家康武田信玄に大敗
その後、廃城