東海道を塞ぐように築かれた北条家の山城
山中城やまなかじょう
場所 静岡県三島市山中新田52付近
旧国郡名 伊豆国 君澤郡
別名  
種別 山城
築城時期 1560年頃(永禄3年頃)
築城背景 北条氏政が、箱根十城のひとつとして、東海道上に築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 北条氏政、北条氏勝
天守 なし
主な遺構 土塁、空堀、畝堀、障子堀
主な再建物  
交通 JR東海道線 三島駅 約15q
駐車場 城址公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

天守櫓跡から見下ろす本丸

物見台から見る広大な西の丸

西の丸と西櫓の間の障子堀

岱崎出丸の西側の畝堀
構成 三島から箱根へ登って行く東海道を塞ぐように築かれた山城。

城域の北東部にある本丸、そこから西に向かって二の丸、西の丸が配され西の丸の突端は見張りや馬出しのための西櫓があった。

本丸の北には北曲輪、そして本丸の南には三の丸が広がり、さらに東海道をはさんで、出丸である岱崎砦やすりばち曲輪が配された。

各曲輪の間は空堀などを巧みに配し防御性を高めていたが、畝堀や障子堀といった北条家特有の堀も数多く掘られた。
縄張図
または
現地
案内図

現状 山中城址公園として整備されており、本丸、二の丸、北の丸、西の丸など本城を形成した曲輪跡や、東海道を挟んだ場所に増築された岱崎出丸などを巡ることができる。

石垣は使用されず、防御施設は堀や土塁だけであるが、地形を巧みに利用した難攻を誇る山城であった。

また、多数の畝堀や障子堀などが発掘されており、北条家の築城術をたっぷりと堪能できる。
略歴
1560年頃 北条氏政が築城
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めの直前、北条氏勝が城主に
東海道を進んできた豊臣秀次配下の中村一氏堀尾吉晴山内一豊らに攻められ落城。
豊臣方では一柳直末が戦死。北条方では城将、間宮康俊、松田康長が討ち死に、城主北条氏勝は脱出
廃城