赤城山を北に臨む山上家の居城
山上城やまがみじょう
場所 群馬県桐生市新里町山上296
旧国郡名 上野国 勢多郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1521年頃(大永年間)
築城背景 山上家が、それまでの館に代わる居城として築城
名城 私の500名城
主な城主 山上道及
天守 なし
主な遺構 土塁、堀切、空堀、井戸
主な再建物  
交通 上毛電鉄上毛線 膳駅 徒歩約25分
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

公園入口にある櫓風のモニュメント

二の丸

空堀

本丸と二の丸を断つ堀切
構成 上野国東部、赤城山を北に臨む山上の地に築かれた平山城。

城のある丘は南北約650m、東西約220mの細長いもので、北から笹曲輪、北曲輪、本丸、二の丸、三の丸を縦に並べた連郭式の縄張り。

さらに三の丸の南には、2本の堀切を隔てて高さ5mの物見台のある南曲輪が配された。

城域の東と西には、それぞれ蕨沢川、山田川が北から南に向かって流れており、天然の外堀として機能していた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城址公園として整備されており、櫓風のモニュメントのある駐車場から軽い傾斜を数分登ると本丸に至る。

土塁、堀切、空堀、井戸などの遺構が残されているが、南曲輪は宅地や畑地となっている。
略歴
1521年頃 山上家が築城
1555年 城主、山上道及、北条家に攻められ退城、下野の佐野家の元へ
1560年 長尾景虎(上杉謙信)、越山(関東出兵)して北条家に奪われていた厩橋城を攻略。これにより、山上城も長尾家に攻略され大胡家預かりに
その後、上杉家、北条家、武田家の抗争により支配者が幾度も替わり、最後は北条氏の支配下に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めを受けて廃城(推定)